2024年9月16日月曜日

歯科難民

 



昨年の11月から新規患者を全て断り、あと一年半くらいで閉院を考えている。患者さんから多くの問い合わせがあるが、誠の申し訳ないが、責任を持って治療を終了する期間がないために断っている。幸いなことに弘前市内には三人の日本矯正歯科学会、認定医がいるので、何とかなると思う。ただ、外科矯正患者については、市内あるいは近郊のほとんどの患者をこちらで治療していたので、希望の方は青森市あるいは大館市の先生に紹介している。

 

医科の先生は、開業する年齢が高いためか、閉院する年齢も高い。病気になってから閉院するケースがほとんどで、元気であれば、80歳になっても現役で医院をしている先生もいる。一方、歯科は抜歯も含めて全ての処置を実際に先生が手を動かさないといけないので、目も老眼で見えなくなる、手が震える、長い緊張に耐えられない、といった理由で、70歳くらいで引退する先生が多い。私の診療所から半径300mくらいで、ここ数年で、5軒ほど閉院した。これから閉院する予定のところも多く、20年前に比べてすでに歯科医院数は2/3、あと10年で半分以下になりそうである。ある患者さんは、長年、A歯科に行っていたが、ここが閉院となり、別の先生のB医院に行ったところ、ここも半年くらいで閉院となり、今はC医院に行っているが、ここも近いうちに閉院となる。年配の患者さんは、どうも若い先生のところには行きたくないようで、こうした悲劇が起こる。

 

歯医者である自分で言うのも何だが、歯科医を行くのは勇気がいる。まず1。内科のように話だけで終わることはなく、外科的処置に似た直接的な処置を受ける。歯が痛いと歯科医院に行くと、レントゲンを撮り、麻酔をして、歯を削り、場合によっては神経をとる。医科で同様な処置といえば、昔、アテローマで外科医院に行くと、すぐに麻酔をして切開、摘出を受けたことがあり、かなり緊張した。こうしたことが歯科では毎度ある。2つ目は、歯科診療は怖い。最近は細い針を使うので麻酔も痛くはないが、それでも歯科治療は痛いというイメージがある。さらに先生自体も愛想がいいというより怖い先生が多い。実際、痛がる患者さんは、少しのことで顔を大袈裟にしかめたり、急に動いたりする。そんな場合、多くの先生はニコニコして対応などできず、つい強い口調となる。3つ目に、費用の心配がある。医科では基本的に全ての検査、処置は保険が適用されるが、歯科では自費ということもある。特に東京のような都市部では、自費診療がむしろ普通となっており、いくらかかるか予想できない。横浜にいる次女が行った歯科医院では、う蝕が神経までいくと、顕微鏡を使った処置となるために、保険がきかないと言われた。本来、保険医療機関ではこうした強制的な自費誘導は禁止されているが、これがここの歯科のシステムで、診療台に座らされた状態で、自費ならやめますと、立つことはできないだろう。さらにこれもまた問題であるが、これまでの治療を全否定する歯科医院も多く、ゴールドの適合の良いインレーが入っていても、アレルギーの原因になる?、見た目が良くないということで、全てセラミックのものに変える歯科医院もある。これも素人であれば、そうかなあと思ってしまう。そしてまた違う歯科医院にいくと、別の治療法を勧められ、こうして抜歯の道を進む。4つ目は、予約が取れない。都市部ではこうしたことも少なくないが、弘前のような治療では、歯が痛くて電話をしても予約でいっぱいで1ヶ月後にしか予約を取れないという歯科医院が多い。年配の先生は、1日に70人、100人見てきたので、基本的には全ての新規患者を取っていたが、今の若い先生は、そんな無茶な予約はしないし、それ以上に手が動かず、治療に時間がかかるため、一日、2030人で限度としている。借金があるならたくさん診て、早く返せばと思うが、患者数をかなり制限しているようだ。こういうことをいうと、きちんとした治療をするにはそんなに早く見られないという先生もいるが、臨床は経験を積めばどんどん早くなる。私のところでも昔は1日に40人以上の矯正歯科患者を一人で見ていた。若い矯正歯科医にすれば、こんなにたくさん診るのは不可能というかもしれないが、若い先生より私の方が上手いと思う。医科の外科手術を考えればわかるが、早い手術=いい加減な、下手な手術ではなく、多くの場合は早い手術=うまいとなる。逆に遅い手術=経験不足、下手な手術となる。若い先生も、自分で患者数を決めてしまうのではなく、早さにも挑戦した方が良い。早さも臨床技術の重要な要素で、まず多くの患者を見ることができ収入が増える、患者にとっても早く終わる、侵襲が少ない、どちらも開業医にとっては欠かせないものである。アメリカの歯科では、という先生がいるが、一部の先生を除いて、海外の先生の臨床技術はたいしたことはなく、ただ単に早さの技術が劣っているだけである。薄利多売の日本の保険制度では、“早さ”は欠くことができない技術であり、それを習得しなくてはいけない。昔、有名な保存のS先生の実習があり、インレーの形成をほぼ一筆書き、30秒くらいで終了していたし、抜歯の達人の先生は半埋伏の智歯を5分くらいで抜いていた。こうしたスピードも将来的に自費専門で開業するためにも大きな武器となる。

 

歯科医が過剰と言われて久しいが、最近では年配の歯科医が引退し、歯学部も女子が多くなったこともあり、開業する若手は少ない。年間三軒くらい閉院し、一軒くらい開業する感じである。若い先生には、どうか歯科難民がでないように、新規患者を断らないようにしてほしい。


2024年9月11日水曜日

住宅建築費の高騰

 



最近は暇なので、弘前市の住宅事情についてネットで調べている。すると面白いことに気づいた。まず土地について言えば、弘前市でも中心部以外の郡部の土地についてはほとんど値がつかない。百坪ほどの土地に30坪くらいの古い住宅がついてせいぜい200-300万円の家がいくらでもある。おそらく壊すのも相当費用はかかるのだろう。売却主で撤去費用をもつのであれば、ほぼただ同然の価格である。同様に中心地でも昭和40年前後に建てられた築50-60年のビルの値崩れがひどい。当時の建物はほとんどアスベスト(石綿)を断熱のために使っていて、撤去費用がものすごく高い。3階建てのちょっとしたビルで、アスベストが使われていると撤去費用が2000あるいは3000万円を超えることも珍しくなく、青森県では対応できる会社が一軒しかないので、値段は毎年高騰している。先日、倒産した中三デパートでももしアスベストが使われていれば、撤去解体費は10億円ですまないであろう。こうした古いビルは売っても解体費による赤字なので、売れず、そのまま朽ちていく。将来的に市のものになっても解体費に税金が使われる。

 

住宅着工件数はコロナ以降でも低調なままで、その要因としては、まず建材の高騰以上に大工など工賃も上昇していて、建築費自体がかなり高くなっている。十年前であれば、50坪の土地に30坪の建売で2000万円以下で、何とか売り出せたが、今は2割以上高騰し、2500万円以下で売るのは難しく、売れない場合は値下げして最終的には業者の利益がほとんど出ないことがある。給料がそれほど上がらず、一戸建て住宅が高くなると若い人には家を持つことが難しくなる。工務店としては、土地が安く手に入っても建築費が高いと一戸建て建売住宅の販売は躊躇する。

 

一方、不思議なのは、大手の建築会社、例えばミサワ、セキスイのようなメーカである。ネットによるとミサワホーム、セキスイの建築坪単価は90万円近い。東京であれば、この値段でも決して高くはないが、弘前のような地方の工務店の在来工法では、坪50-70万円くらいで、大手メーカー比べてかなり安い。例えば、弘前駅の東側の60坪の土地、30坪の建物で、地元の工務店の建売価格は2700万円くらいなのに対して大手メーカのそれは4400万円くらいとなる。土地代が坪13万円としても800万円くらい、業者の利益は300万円くらいとすると、前者は坪52万円、後者は坪110万円となる。ほぼ建築コストは半分くらいになる。

 

もちろん地元工務店のローコストの住宅は、風呂、トイレ、キッチンなどの備品はタカラの安いものを使っているが、大手の住宅でも特に高級というよりは普通のものを使っている。

セキスイハウスの軽量鉄鋼住宅は、阪神大震災の時に周りに住宅が全滅したのに、この住宅だけが残ったという伝説があり、その耐震性は非常に有名であるが、それでもこの弘前で倍の費用を払ってまで買うのはどうした人か、不思議でならない。家の機能としてはそう違わないと思うし、金持ちであれば、もっと大きな家を作るだろう。知人の工務店の人に聞くと、確かに建築費は高いため、大手のハウスメーカーは地方では苦戦しているが、アパート建設などでは管理、資金繰りなどのトータルのサービスが優れているという。一般住宅でも、営業マンが有能なので、少し高い建売住宅もなんとか売り切ってしまうという。

 

新築住宅がここまで高くなってしまうと、このまま賃貸アパートに住むか、あるいはコンディションの良い中古住宅を買って、リフォームして住むという方法もある。アメリカでは全住宅の8割は中古住宅で、最初は子育てのために大きな中古住宅を購入し、子供が大きくなればそれを売って小さな中古住宅に住み直すということがごく普通である。今住んでいる家も、窓やドアはアメリカから輸入したものであるが、すごいのはNord社(ドア)やAndersen社(窓)では24年前のものと同じものが現在でも販売しており、部品もある。こうしたアメリカの中古住宅市場を反映しているのだろう。地方では土地価格が下がってままになっており、一方建築費は高騰しており、そうした意味では中古住宅の方が得のような気もする。住宅価値が20年でほぼゼロになるなら、例えば2700万円の50坪、30坪の新築物件もいいが、120坪の土地と40坪の中古住宅を1500万円で購入し、1000万円かけて風呂、台所、便所、屋根、壁をリフォームする方法もある。

 


2024年9月9日月曜日

健康保険と自費

 



うちの親父が尼崎市で歯科医院を開業したのは、昭和31年で、当時は一部の人には健康保険が導入されていたが、正式に国民皆保険となったのは昭和36年である。私が生まれたのは昭和31年なので、国民皆保険前の状態はあまり記憶にないが、兄や姉に言わせると、患者数はそれほどでなかったようだ。一部の人を除くと基本的には自費主体の治療で、費用もかかるため、なかなか歯科医院に治療に行くのは経済的に大変だった。当時は毎月給料がもらえるサラリーマンの家に憧れていたが、小学校に上がる頃、昭和37年頃、ちょうど国民皆保険となった頃から、目に見えて家の生活が豊かになってきた。患者も多く、朝9時に歯科医院を開ける前に、玄関前に患者が数人が並ぶのが普通で、父親は昼飯、夕食も患者を待たせて急いで食べ、そのまま10時頃まで診察し、そして技工を2時間ほどしてから繁華街に毎晩のように飲みにいっていた。何しろ患者が多かった。パントモ買ってハワイに行こうというキャッチフレーズがあってパントモも購入したが、1ヶ月でハワイに行けるほど儲かった。

 

昭和40年代は歯科医の黄金時代で、経営感覚に優れた歯科医は経営規模を大きくし、医師より歯科医の方が収入の多い時期があった。私が大学を受験した昭和49年頃でも、そういう風潮があり、私も東北大学歯学部に受かる前に、大阪医科大学と松本歯科大学に合格していたが、躊躇なく、松本歯科大学を選んでいた。最新のパスナビの偏差値でいうと、松本歯科大学37.5、大阪医科薬科大学67.5で、両方合格して松本歯科大に行く人は今はいないであろうが、当時は医者になるより歯科医になる方が儲かると思っていた。

 

こうした歯科の黄金時代に発生したのが、保険医総脱退という運動であった。当時は前歯の補綴物は保険がきかなかったので、ポーセレンが全盛で、これだけで暮らしていけた。ある先生のところでは、ポーセレン専門の技工士がいたほどである。そうなると安い保険診療は馬鹿馬鹿しくなり、保険診療はやめて自費の診療だけでやるという歯科医院が多くなった。ただこれも十年ほどで患者からそっぽをむかれ、結局は従来通りの保険中心の診療に戻ったが、それでも患者数は多かった。弘前の先生の中には、自費患者の収入は税金に取られる前に使ってしまえ?と、その日の売り上げを紙袋に押し込んで、飲屋街で毎日使い果たしたという豪傑もいる。それほど儲かった時代である。

 

ところが私が大学を卒業する頃から次第に歯科経営も斜陽となり、歯科医数も飛躍的の増加したことも相まって、1990年頃からは厳しい時代となった。兄も歯科医師で、兵庫県の西宮市で開業していたが、兄や父から歯科医院の凋落傾向を知り、これからは矯正歯科であると考えた。都市部では保険中心の歯科医院は経営的にかなり厳しい状況となり、それは今に至るまで続いている。現在では、まず若者を中心にう蝕自体が減っており、患者数が格段に減少している。もともと日本の保険制度は薄利多売を原則にしており、患者数が減って多売ができないとなると、経営はますます厳しくなる。一方、医科については老人人口が増えて、患者数も増加している。

 

こうした状況下、歯科医院では、経営の主体を自費治療に移行せざるを得なくなり、また保険診療も濃厚診療となっていった。以前なら患者が来たなら、主訴をすぐに治して回転を上げていたが、今では一人の患者から何度も治療するようになった。こうした傾向は地方より都会の方が強く、私のところの患者さんが東京の大学に進学し、近くの歯科医に行くと、銀歯を全て白い歯に変えられたという。別に金属のインレー、クラウンに問題があった訳ではないにも関わらず、白い方が綺麗という理由だけで全ての処置歯の再治療が行われる。こうした例が非常に多い。またまず口腔内環境をよくするという名目で、各種の検査、処置が行われてから、主訴である治療にうつることが多くなった。また自費診療の誘導が凄まじく、東京ではまず保険診療はないという時代になってきている。

 

先日、久しぶりに集団的個別指導にいってきたが、以前ほど、混合診療にはやかましくなくなっている。国にすれば、自費で治療をしてもらった方が、国庫出費が減るため、それほど問題にしないのだろう。自費で治療し、保険点数をも請求する二重請求については厳しいが、保険医療機関が抜歯以外を自費にしても、二重請求、架空請求をしない限りはそれほどお咎めがなさそうである。昔の保険医総辞退の時は、相当マスコミや国民から叩かれたが、今はあまりそうした声もないようなので、薄利多売から厚利少売にするためには、歯科ではこうした流れ、混合診療の形骸化、はますます加速しそうである。


2024年9月5日木曜日

青森県の矯正歯科の現状

 



東北各県における矯正歯科専門医院の数を以下に示す

 

青森県   弘前市 2軒  青森市 1軒   八戸市 1軒

秋田県   秋田市 4軒  横手市 1軒   大館市 1軒

岩手県   盛岡市 6軒  久慈市 1軒  一関市 1軒  北上市 1軒

山形県   山形市 3軒  天童市 1軒 米沢市 2軒 酒田市 1軒

宮城県   仙台市 23件  塩竈市 1軒 岩沼市 1軒 気仙沼市 1軒 石巻市 1軒 富谷町 1軒 大崎市 1軒

福島県  郡山市 7軒 白川市 1軒 福島市 3軒 いわき市 3軒

 

総数で言うと、青森県4軒 秋田県6軒 岩手県9軒 山形県7軒 宮城県29軒 福島県14軒となる。東北各県人口は青森県124万人 秋田県96万人 岩手県121万人 山形県107万人 宮城県230万人 福島県183万人であることから、人口10万人あたりの矯正歯科専門医院数は、青森県0.32、秋田県0.63、岩手県0.74、山形県0.65、宮城県1.26、福島県0.77で、宮城県が他県の2倍、逆に青森県は他県の半分となる。

 

ついでに日本矯正歯科学会の認定医の数は、青森県は10名、秋田県は9名、岩手県が39名、山形県が15名、宮城県が89名、福島県が26名となる。人口10万人あたりとなると、それぞれ0.810.943.221.403.871.42となり、歯科大学のある岩手県、宮城県、福島県で認定医の数が多く、ここでも青森県が一番少ない。

 

それでは、青森県が矯正歯科医院数も、認定医も最も少ないので、患者数も多いと思われがちであるが、実際の数は、先日出した私の診療所の集計によれば

 

患者数(1995-2022

新患数       5024名、

治療開始数     3206

開始率       62.5%

唇顎口蓋裂及び先天性疾患患者   230(全体の7.2%)

顎変形症患者    414名(全体の12.9%

一般矯正患者    2562

年間平均新患数   179

年間平均治療開始患者数  115名(自費患者数95名)

 

決して少ない患者数ではないか、そうかといって多い患者数でもない。青森県の他の専門医院でもおそらくこれを超える数値ではなかろう。もちろん矯正歯科専門医以外の一般歯科で矯正治療をする患者も多いと思われるが、他県も同じで患者数はそれほどでもない。

 

青森県と同じく県民所得の少ない秋田県を例にすると、秋田市の人口は31.6万人、それに対して市内には4つの矯正歯科専門医院がある。多いところでは年間新患数が500人を超えるところもあり、他の医院もそこそこの患者がいる。それに対して、青森市の人口は28.8万人で秋田市より少し低いが、矯正歯科専門医院が1軒しかなく、それも木金土曜日の週に3日しかやっていない。以前には、他に2軒あったが、1軒は撤退し、もう1軒は奥さんのいる東京の診療所がメインであった。決して秋田市ほど患者は多くない。秋田市で言えば、4つの矯正歯科医院におそらくは年間1000名以上の新患が来ているが、青森市の場合は、一般歯科での矯正治療を含めても、この数分の一以下であると思われる。

 

昔、日本臨床矯正歯科医会で全国の矯正歯科医と雑談していた折、青森県では反対咬合を主訴として来院した新患でも、実際に治療に入るのは半分くらいと喋ると、それは、いろんな矯正歯科医を回っているからそんなに少ないのだと散々言われた。ところが当時は弘前市内には私以外の矯正歯科専門医はおらず、また子供頃に相談に来たが治療をせず、成人になって外科的矯正患者として来院する患者も多い。費用がかかること、それほど矯正治療の必要性を感じないためと思われる。逆に秋田県は、昔から着倒れ、食い倒れという県民性があり、多少無理をしてでも矯正治療をして歯並びをよくしようとするのかもしれない。

 

矯正歯科医が少ないので患者が少ないのか、患者が少ないから矯正歯科医が少ないのか、わからないが、八戸市では矯正歯科医院が2軒から1軒へ、青森市も3軒から一軒へ、そして弘前市も2軒からもうすぐ1軒へと減っており、ここ18年間、青森県では新しい矯正歯科専門医院が開業されていない。今後10年で言えば、青森県全体で矯正歯科専門医院は一軒しかないという状態もありうることで、30年前の状況、矯正治療をしようとすれば、盛岡市(岩手医科大)や仙台市(東北大学)に行かなくてはいけない状況になってしまう可能性もある。東北大学歯学部の口蓋裂チームにいたときも月に一度、前泊しながら数年間、青森から通っていた矯正患者が多数いたが、費用も含めて本当に大変なことである。今泉書店、紀伊国屋書店、中三、開雲堂と次々と弘前の名店が閉店している。閉店の理由は色々あるが、結局は客が少なかったことに尽きる。客が多ければ、子供は店を継ぐし、閉店する理由がない。不正咬合の矯正治療でも、結局は患者が少なければ、新たな歯科医院はできず、治療する歯科医院は減っていく。私のところでは、経費を最小限にして、県民所得の低さを考慮して基本治療費を低く設定したし(一期20万円、二期20万円)、兄弟割引(一人目10%、二人目20%off)、兄弟で治療に来た場合の調整料(3000)は一人だけ、保定装置の再製、後戻りの再治療は無料にしていた(ここ数年は有料)が、とりたてて患者から料金について感謝されたことはなかった。むしろ最初から全国並みの治療費にして金がかかっても治療したいという人だけを対象にした方が良かったのかもしれない。閉院するに際してのグチになってしまった。


2024年9月1日日曜日

明鏡欄”雪で訪日客呼び込めば” 解説

 











ここに面白い図がある。雪の降る世界の地域を示したもので、北半球を中心に雪の降る国はたくさんあるものの、豪雪地域、最深積雪量が50cmを超える国となると、北米の一部、カナダ、北欧、ロシアの一部と日本(東北、北海道)に限られ、とりわけ多いのは、世界一の青森市、二位の札幌市、三位の富山市となっている。日本の北陸、東北、北海道が世界でも最も雪の降る地域であることは間違いない。雪が降るためには気温が低いと同時に、降水量自体が多いところでなくてはいけない。北半球の多くの地域は、気温は日本以上に低いが、降水量も低いために多量の雪が降らない。

 

逆に言えば、世界中の半分以上の国、アフリカ、東南アジア、インド、南米の国も人たちのほとんどは一生に一度も雪を見たことはない。人数で言えば、20億人以上の、さらにいうなら、スキー場以外で身長を超える雪を見た人はほとんどいないと思う。私たち、北国の人が羨ましく思う光景に、南国の海岸で、太陽を浴びて寝そべるシーンがあるが、そうした光景はハワイも含めて世界中の至る所にあり、それほど珍しい光景ではないが、逆に周りが背丈以上の雪に囲まれる地域は、ある意味、ピラミッド同様に絶景と見なされるところかもしれない。

 

先日、台湾―日本合作映画、「青春18×君へと続く道」という恋愛映画を見た。日台の有名俳優が出ていて、面白かったが、随所に日本の雪景色が出ていて、美しい。こうした雪景色に見慣れた青森人にとっても美しいと思う景色は台湾の人々からすれば、本当に一度は見たい景色だと思うし、ベトナム、タイ、インドネシア、インド、アフリカ、南米の人にとっても夢みたいな光景であるに違いない。雪の多く降る国、例えば、北欧のさらに北の地域、アメリカ北部、カナダにしろ、まず宿泊設備が少ない上、アクセスも悪く、観光地としても魅力に欠く。それに引き換え青森県で言うと、まず雪意外にも温泉がある、さらに冬の魚はうまい、酒もうまい、そして東京から飛行機で1時間というアクセルも良い上に、冬は宿泊客の少ない時期のため宿泊料も安い。またスキーやスノボなどの冬のスポーツをしてもよい。

 

これは最高の観光地の要件を満たしており、ベトナム、タイ、インドネシアなどの国も国民所得が高くなり、日本も観光旅行として行ける国となってきている。1980年代に日本人も初めて海外旅行としてまず選んだのが常夏の国、ハワイであったように、暑い国の人からすれば、彼らのハワイは、北海道であり、北東北なのである。一生の中で一度は、雪にダイビングしてみたいという夢を持つ人も多いと思う。

 

それでは、日本は雪という最大の観光資源をインバウンドに活かせているかというと、それほど効果的な宣伝がないために、うまくいっていない。「青春18×君へと続く道」の映画の中でも30年前の名作、「Love letter」が紹介されている。この中山美穂と豊川悦司が主演のラブストリー映画であるが、この映画をみて北海道に来る台湾、韓国、ベトナムの観光客はいまだに多い。おそらく「青春18×2 君へと続く道」も台湾、韓国、ベトナム、カンボジアなどでもヒットしており、今年の冬は聖地である福島県の只見にも多くの観光客が訪れるだろう。

 

個人的は、雪景色に囲まれた温泉に美女が浸かるシーン、できればベトナム、タイ、インドネシアの有名な女優さんがいいだろう。そして魚を中心とした料理を食べるシーン、友達同士で雪合戦、スキー場でのスノボー、カマクラでの餅を焼く、雪下ろし、まあこうした映像を中心に1分くらいにまとめ、各国のゴールデンタイムを中心にスポット広告を行う。同時に地下鉄の車両でもスポット広告を行う。また人気の番組スタッフに企画を出して、こちらでの費用は全てこちらが負担して、旅番組をしてもらう。YouTubeやインスタもいいのだが、やはり東南アジアではテレビを主体とした広告が大事ではなかろうか。台湾については、日本ブームが長く続いているので、青森空港を利用した魅力的な冬のパックを用意すればいいだろう。中国やベトナム、タイ、インドネシアなどの東南アジアについてはまだ北東北の認知力は低いので、テレビ、雑誌を中心としたCMを多く、そして長く流して欲しい。