2024年9月23日月曜日

矯正治療のゴール

 













モデレートとなっているが、一例でもこういう症例があれば不合格


どの段階で患者の矯正治療を終了させるか、これは難しい。鹿児島大学矯正科にいたときは、まずベテランの先輩にチェックをしてもらい、その後、外来長にもチェックしてもらった上、全症例、教授にチェックしてもらってから矯正装置を撤去して保定に入った。さらに症例検討会では保定に入った症例をみんなで検討した。ただこの段階でも明確な撤去の基準はなく、感覚で撤去を決めていた。

 

その後、矯正歯科専門で開業してからも、だいたい自分の判断で撤去していたが、認定医や専門医の試験官になり、いろんな先生の意見やチェック項目を知るようになり、ある程度は客観的に撤去できるようになった。もちろん100点満点で撤去するような症例はなく、患者の希望や治療期間など、いろんな要素を加味して撤去する時期が決められている。一方、今度は認定医や専門医の更新症例を探すとなると、これまで撤去した症例の中から、試験のパスする症例を探さなくてはいけない。この段階で、再び、客観的な治療ゴールと比較し、これなら試験にパスするという症例を選択する。おしなべて実際の矯正臨床で撤去するレベルは100点満点で80点くらいであろう。

 

世界中の矯正専門医の治療ゴールは、決まっている。オーバージェット、オーバーバイトはこの範囲、前歯、臼歯の噛み合わせはこれ、正中は、歯根の平行性、吸収は、トルクは、歯軸は、こういった個々の審査基準は数十あり、全ての点数が満点なのが治療ゴールいえよう。実際に満点の症例はなく、最高でも95点といったところであり、認定医、専門医の試験では何点以上を合格させるかで、合否が決まってくる。昔の専門医試験では、数人のかなり厳しい先生がいて、こうした試験に提出するのは、治験症例のうちでもいい症例を持ってくるのであるので、かなり審査基準を厳しくすべきだと言っていた。おそらく90点以上あるいはそれ以上を合格にしていた。通常、こうした先生が審査する5人の先生のうち、いい時で2人、一度見たのは0人、誰も合格させなかったというのがあった。一つの考えである。

 

これらのゴール基準のうち、どれが大事で、厳しくチェックされるかというと、適切なオーバージェット、オーバーバイトは当然で、まず舌側面から見た大臼歯、小臼歯の咬合で、これがしっかり噛んでいなければ、ほぼ不合格となっていた。多くの症例で小臼歯の4本抜去であったが、ここが噛んでいなければ、4本歯がなく、さらに4あるいは8本、歯が噛んでいないことを意味する。もちろん上下小臼歯の形態異常で、舌側咬頭の小さい場合は、無理であるが。ここを噛ませるとなると、Low Angleケースのような咬合力が強い場合は自然と噛んでくるが、日本人に多いHight Angleケース、さらに元々ここの部分が噛んでいない症例では難しい。フルスロットのワイヤー、あるいはトルクを入れて、昔の与五沢先生がよくやっていた前歯部の強力なアップ&ダウンゴムの使用が必要となる。私自身、下手なので、わかっていてもうまくできないことが多いが、上手な先生はこうした箇所をきちんと治している。

 

昔、舌側矯正に否定的であった時に、大阪や長野の某先生の舌側矯正のケースを見たときに、ここがきちんと噛ませていて、驚くと同時に、この時から舌側矯正も上手い先生がやれば、唇側矯正と全く同じレベルで治療できると確信した。実際こうした先生は、専門医の試験や更新でも舌側矯正の症例を提出している。こうした先生に聞くと、舌側のかみ合わせの点では、唇側より舌側の方が簡単であるが、切歯のトルクの方は逆に難しいと言っていた。個人的には舌側矯正で治療するのは手技的に難しく、私のような不器用な歯科医はやめた方が良い。

 

こうした点で見てみたいのが、インビザラインの症例である。原理的にはリンガルボタンをたくさんつけてゴムを多用し、さらに治療の途中で何度も何度もクリンチェックをすれば、理想の咬合に近づけるのは可能と思われる。なぜならデジタル印象で、三次元的に画像を構築し、最初に説明したフィニシングの基準に従って採点が可能であるからである。もちろん唇側矯正でもこうしたことは可能であるが、デジタル印象を持っていない私のようなところでは治療終盤で印象をとり、舌側方向から咬合をチェックするのは面倒に思ってしまうからである。実際、全ての症例で装置を外すまでに模型をとってチェックする先生を知っている。

 

私自身、インビザラインのようなアライナー矯正をしたことがないので、日本人に多いハイアングルのII級抜歯症例で、綺麗に仕上がった症例を見せてほしい。かって舌側矯正の先人の先生たちが、実際の症例で、この治療法を矯正歯科の分野で認めさせたように、インビザラインの先生も、YouTubeで数千症例治療しましたと宣伝するくらいなら、日本矯正歯科学会で指定されたいろんなタイプの不正咬合の終了ケースを提出してほしい。数千症例の治験の中から選んだ症例で、厳しい審査基準にパスしないようであれば、この治療法自体の限界なのかもしれない。こうしたこともあり、現状では日本矯正歯科学会では、アライナー矯正は適用には限界があるとして、一般的な治療法としては認めていない。実際、アライナー矯正もしている矯正専門医のアンケート調査によれば、アライナー矯正をしている割合は全症例の0.5割未満の先生が66%、さらに症例を絞った場合でもアライナー単独で治療を完成できるのは、症例の半分以下という先生が52%であった。こうした結果を見ると、アライナー矯正単独で、従来の唇側矯正でも合格しにくい専門医試験のかなり厳しい基準に達するのは難しいのではと考える。



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