

歯科は崩壊している。本来なら歯科は崩壊しようとしていると書きたいところだが、現実的にはすでに崩壊している。それを察知したのか、受験生の歯科大学離れに拍車がかかり、昨年度は17ある私立歯科大学のおよそ60%、11校が定員割れをおこし、本年度はさらに多くなると予想されている。また歯科大学受験数も平成21年度は平成18年度のマイナス51%、平成22年度も前年度比でマイナス25%と受験者の減少が続きそうだ。
これは高い授業料を支払っても国家試験が難しく、なかなか歯科医になれないこと、また歯科医になったとしても収入が低いことを、ようやく一般にも知られるようになり、受験生の進路決定に反映されたのであろう。歯科医は儲かる、多少授業料が高くても後でペイできると以前は考えられてきたが、歯科大学に入っても、6年間でストレートに歯科医になれる割合が45%、その後1年間の研修医をして、いざ就職しようと思っても、就職先がなく、やっとの思いで見つけた就職先も給料は衛生士以下、しかたなく開業しても銀行は資金を貸さず、親にお金を出してもらい開業しても閑古鳥、こういった現実がようやく社会にも認知されるようになった。
確かに昭和40年以降、つい5,6年前までは、歯科もややバブルに浮かれていたかもしれないが、ここ数年の凋落ぶりは、他の業種でも類をみない。写真のデジタル化に伴い、現像、プリントを生業にしていた街の写真屋が急速に衰退したのは新しい技術の普及によるものと原因がはっきりしているが、歯科の分野ではそういった新しい技術革新、虫歯がなくなる薬が開発されたということもない。
ではなぜ。このように急速に衰退したのか。外的な要因として、ここ数年間続く不況が影響している。給料、ボーナスの低下に伴い、緊急性の低い歯科処置がなおざりにされたこと、また自費希望者が減少したことなどが挙げられる。さらに歯科治療でターゲットである若年、中年者の人口が減り、材料の進歩により処置歯の予後が伸びたこと、う蝕自体も減ったことなどが挙げられる。内的な要因としては、歯科医師過剰と医療費の抑制に伴い、歯科医院1軒当たりの売上げが下がったこと、大型チェーン店展開の歯科医院が増えたこと、歯科医院の過当競争による過剰診療、ダンピングなどがある。歯科医師、歯科医院数が急激に増大しているにも関わらず、それでいて歯科医療費はほとんど変わらないのであるから、当然一軒当たりの診療収入は減少する。それを補うため、自費診療に活路を求めるが、昨今の不況を反映してか、自費診療は敬遠されがちであるばかりでなく、強引な自費誘導の手段がかえって患者離れと訴訟の増加を招いている。
さらにこれ以上の深刻な崩壊は、若手歯科医の臨床能力の低下である。私のところでも歯科研修医制度の始まりとともに毎年何名かの臨床研修医がくる。彼らに聞くと、大学6年間で実際に患者をみることはなく(すべての大学ではないが)、もっぱら座学が中心のようで、大学によっては全部床、クラウンブリッジなどの技工実習もなく、ビデオを見させて、将来は技工士に頼むのだから、君らは作る必要はないとのことである。ひたすら国家試験の合格に焦点が合わされている。結果、国家試験に合格して歯科医になった後、研修医療機関で臨床をするわけだが、私のような開業医のところで、印象、レントゲン撮影も満足にできない研修医に治療をまかすことは、患者がいっぱいで忙しい頃はともかく、今のような暇な状況では、とてもできない。もっぱら見学だけをさせることになる。状況は歯科大学でも同じで矯正歯科、口腔外科は見学のみで、一本の抜歯もしたことがない研修医も多い。こうして7年間の歯科教育を受けながら、世界で最も臨床のできない歯科医が誕生する。欧米を始め、後進国のアジア、アフリカでも歯科教育でこれほど患者を診察しない歯科医は存在しない。
さらに研修医卒業後に、勤めようとしても、今の時勢何もできない歯科医を雇うところは少なく、自然に大型のチェーン展開をしている歯科医院に勤めることになる。こういった歯科医院では、もっぱら人件費コストの低下による収益を目指しており、卒後2年目が院長、その下に新しい歯科医という配置になり、見よう見まねで診療を行うことになる。当然、きちんとした技術を学べるはずがない。金があれば、この状態で開業するし、なければこういった医院を点々としながら低賃金でこき使われる。
歯科大学はもともと専門学校が発展したもので、料理のできない料理学校、コンピューターのできないコンピューター学校がないように、大学6年間で歯科臨床ができる能力を身につけさせなければいけない。今の70歳以上の先生は大学6年生の時には開業医でバイトをして生活費を稼ぎ、卒業するとすぐに開業したという剛の先生もいるが、少なくとも私の年代(50歳代)でも一通りの臨床実習は行い、技工も含めて開業医の治療を批判するくらいの知識と技術はあった。6年間の教育で時間が足りないということはない。まして昔の教養部は廃止され、大学1年生から専門教育が可能になったことや、欧米、あるいは他の開発途上国の歯科大学のシステムを比べても6年間という時間が少なくはない。ひとえに大学の怠慢であろうし、それの是正を求めなかった我々の責任でもある。
大学からすれば、昔に比べて学生の質が低下しており、そのため座学により時間をかけなければ国家試験に通らない、研修医制度により学部学生に配当する患者がいない、歯科医師という国家資格をもっていない学生に患者を見させるのは世間の納得が得られず、訴訟に繋がるなどの理由もあろう。それでも研修医制度という1年間の追加教育を実質的に7年教育に変質させ、その間を利用して国家試験対策にあてる企みは見え見えであり、研修医になると授業料をもらえないばかりか、給料を払わなくてはいけない、やっていられないとばかり、おそまつな臨床カリュキュラムを組む。ここには一人前の臨床医を育てるという責任が欠落しているように思われる。
こうような崩壊状況で最もかわいそうなのは、若手歯科医と学生であろう。中にはすでに歯科医をやめ、他の仕事しているひとや、歯科診療の後に居酒屋でバイトしているひともいるようだ。銀行自体も融資には慎重で、よほど親の資産がなければ開業資金は貸さないため、資産のない歯科医は開業できず、勤務医となる。以前は公立病院の歯科もかなりあったが、今では診療収入の少ない歯科は廃止されるところが多く、また仮にあったとしても今の勤務医がやめることはない。医局に残ろうとしても助教以上の有給になるのは上がつまっていてなかなかなれないし、大型チェーン展開の歯科医院も患者数の落ち込みで経営は苦しい。
歯科界自体を改善する方法は思いつかないが、少なくとも若手の歯科医、学生の臨床能力を高める方法として、歯科医師国家試験の実技試験あるいは研修医終了の実技試験の導入を提唱したい。そもそも歯科医は手が動いてなんぼの職業であり、いくら知識があっても手が動かないのであれば、治療はできないし、患者にとっても悲劇である。そのため、欧米始め、中国やアフリカでも、実際の患者の治療をさせて臨床能力を評価する試験が行われている。規定にあった患者を集めるのは大変だし、それを試験する試験管の面倒であろうが、こういった非効率的な試験法が世界では一般的で、かって日本でも行われていた。現在でも、例えば口腔外科の専門医試験では実際の手術を試験管が審査する方法がとられていて、ひとえに臨床のできる歯科医を作ることを目標にしている。実際、こういった実技試験は評価が難しく、形骸化するおそれもあるが、少なくとも試験を受けるためには、それ相当の臨床を行わなくてはいけなく、学部、研修機関でかなりの患者をみる必要がでてくる。十分な数の学生用の患者を集めるのは大学の義務であろう。
おそらく世界中の何百という歯科大学の中でも、卒業直後の学生の臨床能力は世界最低であることはまちがいない。厚労省、文科省、歯科医師会、患者さんも本当にこれでいいのであろうか。