2012年10月24日水曜日

矯正治療のグローバリゼーション


 最近は、このブログでも本業の矯正歯科について取り上げることが少なくなりました。別にさぼっている訳ではないのですが、これといった新しい治療法もあまりないからです。矯正歯科の本場は、やはりアメリカ。これは矯正治療をする人口と治療する矯正専門医が圧倒的に多いことによりますし、アングルから始まる矯正歯科の歴史的な重みがあります。

 大学にいた当時は、どうもアメリカ人の考えについていけず、ちょっとした下顎前突、下あごの出ている患者さんに対して、すぐに手術をするといった考えに疑問を持ったものです。こんな症例、何も手術する必要はないでしょう、ということです。ただ20年前ほどから、上下のあごがずれていれば、無理して歯を移動して治すということは必ずしもよくないという考えになってきました。少なくともボーダラインケースでは歯の移動で治す治療法と手術を併用した治療法の2案を患者さんに提示し、選択してもらうようにしています。割合、手術を選ぶ患者さんも多く、だんだんアメリカ的になっているのかもしれません。

 噛み合わせが逆の反対咬合で、手術というのは、ありうる話ですが、これまで噛み合わせが正常で、手術を併用したケースも数例あります。上下のあごがずれていて、下あごが出ているのですが、上の前歯が前に、下の前歯が中に入って、噛み合わせが正常のケースです。主訴はあごが出ているということで、矯正装置をつけて一旦逆にしてから手術であごを下げます。下あごが下がり、女性の方では男っぽくなくなったと大変喜ばれました。こういった症例では、美容的な要素が多いのですが、仮に歯が1本もなくなり入れ歯になった時でもあごの関係が良くなることは、重要なことになります。

 経済、文化の面でのグローバル化ということ急速に普及しています。矯正歯科の分野でも、新しい治療法はあっという間に広がります。10年ほど前に、韓国を中心としてインプラント矯正が開発されましたが、今やほとんどの矯正医が全世界で用いています。逆に専門誌で色々な新しい治療法が発表されても、まがいものは駆逐されていきます。

 矯正材料の多くは、アメリカの企業のものが中心となり、日米で多少のタイムラグがありますが、ほぼ同じものを使っています。昔、三沢米軍基地に勤務するアメリカの矯正医と話す機会がありましたが、治療器材、治療方法について双方、全く会話にずれはなく、アメリカの矯正医と話しているようだと言っていました。一方、隣で聞いていた一般歯科のアメリカ人歯科医は、おまえらの言っていることはちんぷんかんぷんだとぼやいていました。

 こういった中、日本だけで隆盛を誇っているものが二つあります。ひとつは床矯正歯科、これは1900年代からヨーロッパを中心に発達したものですが、近年、機能的矯正装置と呼ばれるもの以外、アメリカはもちろん、ヨーロッパでもあまり使われていません。もともと、ドイツ、イギリスなど、健康保険で治療していた国で、マルチブラケット装置による治療が高額なため、安価な治療として普及したものです。現在は、どの国も、ほぼマルチブラケット装置が主流で、これが標準となっています。ところがどうも日本と、アジアの一部、中国ですが、未だに床矯正が残っています。多少は1930年代もものとは違いますが、ほぼ原理は同じです。現在のような優れた治療法があっという間に世界で使われるようになる時代に、逆行したものです。

 もう一つの治療法は、見えない矯正治療と呼ばれる舌側矯正です。これは高度な技術を要するため、不器用なアメリカ人にはできないようです。1970年代に開発された治療法ですから、すでに時間も経過していますが、どうもアメリカでは普及しておらず、従ってアメリカのメーカーもあまり力を入れていません。私は、舌側矯正は基本的にしていませんが、日本の先生方の臨床レベルはおそらく世界のトップでしょう。アメリカ人は基本的には面倒くさがり屋で、舌側矯正のような手間のかかることはあまりしたくないことと、患者さんも別に矯正治療を隠す必要もないと考えているからでしょう。

 何もアメリカの治療法がすべていいとは言えませんが、日本だけという独自治療法はもっと危険なことのように思えます。人種や習慣も違いますが、医療分野では対象は人間ですから、国が変わっても、最善の治療法はそう変わらないと思います。先週、ベトナムで矯正治療していたという患者さんが来ましたが、オームコ社のデーモンブラケットが入っていました。随分、高価はものと説明されたとのことでしたが、メタルのもので、一個1000円くらいで、全部で材料材は3万円くらいと言うと驚いていました。これも矯正装置が高いという、一種の間違ったグローバリゼーションなのでしょう。ついでに言うと、デーモンブラケットもようやく、Damon Clearという透明なものが登場し、完成したと思いました。治療期間が早いので、メタルでもしょうがないという言い訳をしないですみます。ちなみに新商品で高いのですが、それでも一個2000円程度でしょう。


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