インビザラインというマウスピース型の矯正装置が登場して、どれくらいになるのであろうか。10年くらいはなるのであろう。この矯正装置は、現在の不正咬合の状態から理想的な咬合状態までをコンピューター上で少しずつ歯を動かし、20、30ステップに分けて、マウスピースを作製する。これを患者は2、3週ごとに取り替え、治療を進める。インビザラインと似たような装置もあって、使用時間はまちまちだが、基本的な装着時間は終日となる。アメリカでは大流行して、今では子供の矯正治療にも用いられている。
日本でもこのマウスピース矯正を取り入れている矯正専門医は多く、また診療所での処置は必要としないため、一般歯科医で扱っているところも増えている。この装置を開発したアライン社は矯正専門医向けのコースを提供して、一般歯科医の受講は制限している。そのため、一般歯科では他の似たような治療法が用いられている。
マウスピース矯正の原理は、かなり古く50年以上の歴史をもつ。やわらかいシリコン樹脂でできたダイナミックポジショナーという装置は、既製品、オーダメイドのものがあったが、原理はインビザラインと同じく、理想的な咬合状態で作ったマウスピースを口にいれ、咬む力を利用して歯を動かす。主として、最終咬合の仕上げや簡単な限局矯正に用いられてきた。
歯を動かすには弱い力を長くかける必要がある。マウスピース矯正は薄いプラスティックが歯にかかる力を利用しているので、ワイヤーにより直接的に歯に力をかける方法に比べて効率が悪い。さらに取り外しのきく装置のために、使わなければ効果はまったくない。実際にアメリカでの研究ではマウスピース治療の脱落率、つまり治療途中で装置を使わなくなった比率は50%近いという報告もあった。治療費が高額なため、もったいないので、実際の脱落率はこれほど高くないが、終日利用で2年間するのは根気が必要で、途中、使わなくなるケースもそこそこあると思われるし、途中使わなくなって、前の段階まで下がることもあるであろう。
当初は、主として簡単な叢生の症例に用いられてきたが、最近では歯に簡単な突起をつけてより効率的に動かすように工夫され、抜歯ケースにも用いられようになった。あるいは唇側にブラケットを一部の歯につけて歯をある程度、動かしてからインビザラインにする。ただあまり歯の表面にブラケットのような突起物があれば、これば唇側矯正とあまり変わらなくなるし、見えないという点からすれば、舌側矯正の方が自由度は高い。またマウスピース矯正は見えないと言っても、プラスティック性の本体は、キラキラして自然の歯とは見た目が違うため、審美的な面でも不満に思う患者はいるだろう。
本来の適用である簡単な叢生症例であれば、通常の唇側矯正では短期間、多くは1年以内で終了するため、私自身は見た目よりは早く終了した方が患者さんにはいいと思っているし、抜歯を含む複雑な症例では舌側矯正の方がまだましかとも思っている。今後もマウスピース矯正はますます進歩すると思われるので、もう少し様子を見たい。
一方、マウスピース矯正の最大の問題点は、治療をすべて患者にまかせる点である。矯正専門医の多くは、マウスピース矯正単独での治療は考えていない。患者がどうしても使えない場合や、マウスピース矯正では治しきれない場合は、通常の矯正治療に切り替え、仕上げる。ところが一般開業医の一部は、治らないのは患者が装置を使わないからであり、他の治療法に変えない。患者の泣き寝入りとなる。歯科医からすれば、最初に模型を技工所に送り、そちらから送られる装置を2か月ごとに、渡すだけなので、実に簡単で、技工料がかなりかかるものの、それを見越した料金設定にすれば、手間の割には実入りが多く、こういった治療法を取り入れる。またマウスピース矯正を求める患者の多くは、成人であり、日本人成人の矯正治療では、私のところでは70%以上が抜歯ケースであり、こういった抜歯ケースをマウスピース矯正で治療するのは、かなり面倒で、難しい。また骨格性の問題のある症例(上顎前突、反対咬合)、かみ合わせが深い(過蓋咬合)、あるいは逆(開咬)の症例でも難しい。それ故、実際に使える症例は案外少ない。アメリカでなぜ、このマウスピース矯正がはやっているかというと、矯正医院にくる患者の不正咬合の程度が日本とは全く違う。以前、アメリカの矯正専門医と話し合ったことがあったが、向こうでの平均的な患者というのは軽度、中等度の不正咬合であり、日本、とりわけ青森のような田舎ではほとんどの患者が中等度から重度の不正咬合である。矯正治療は日常化しているアメリカと日本の違いである。東京のような都会では軽度の不正咬合で治療を希望する患者さんも多いかもしれないが、田舎では依然として重度の患者さんが多く、マウスピース矯正の適用は少ない。
結論から言えば、インビザラインは目立たないという点では大変素晴らしい装置だが、成人に多い抜歯ケースでは、複雑な付加物をつける必要があり、むしろ舌側矯正の方が自由度は高い。また本来の適用の非抜歯の軽度、中等度の叢生であれば唇側矯正の方が治療期間は早く、費用も安い。少なくとも治療費が唇側矯正より安くないと、これらデメリットを考えると使用をためらう。
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