矯正歯科の分野でも、続々と新たな治療法が紹介され、そして何時の間にかなくなっていく。かれこれ私も矯正歯科の世界に入って30年になるが、この間にも、プロスタグランディンにより歯の移動を促進し、治療期間を短縮する治療法、下顎骨の成長促進を行うハーブスト装置、機能的矯正装置、矯正用アンカースクリュー、リンガル矯正、マウスピース矯正(インビアライン)など、色々なものが登場した。ところが、現在に至っても主流は、ブラケットを歯の表側につけてワイヤーの力で歯を動かす治療法である。原理はアングルが発明したもので、すでに100年以上は経つ。
世界中を見渡しても、唇側ブラケットによる治療が、治療法の大半を占めており、そういった意味では治療法自体には大きな変化があるとは思えない。専門医試験を審査した経験でも、年配の先生方の古い?治療法が最新の治用法に劣るどころか、今では古典的となったスタンダードブラケットを用いた症例の方が仕上がりが素晴らしいということが多い。治療法より術者の腕がより重要となる。
それでは最新の治療法とは何かというと、誰でもわかりやすく、簡単に治療できるということに尽きる。100年前、アングルの治療法はあまりにその技術の修得が難しく、リボンアーチという初期の治療法では、弟子のうち修得できたのがわずか1名ということで、その後のエッジワイズ法に発展した。おそらくアングルのリボンアーチでも今と同様の治療結果を達成できたと思われる。1970年代に入ると、ストレート矯正治療という方法が開発され、それまで技術を要したワイヤーベンディングからだいぶ解放された。さらに超弾性ワイヤーの進歩とともに、このストレートワイヤー法が1980年以降、主流となった。また多くの患者をさばくため、結紮の必要としない、セルフライゲーションブラケットが1980年ころより開発され、その進歩は未だに続いている。ところが、こういった新しい治療法は治療時間の多少の短縮、技術修得が簡単にはなったものの、治療結果には全く関係なかった。
リンガル矯正についても、その発明は1970年ごろでそれほど新しいものではなく、最近は患者ごとにコンピューターでブラケットとワイヤーを作成するインコグニートやハーモニーが主流となってきて、以前よりは簡単で、誰にでもできるようになってきたが、それでも手間がかかることから、矯正治療のあくまで傍流であり、世界的な需要はそれほど多くない。同様なことは、マウスピース矯正も適用が限られ、一般的ではない。矯正用アンカースクリューも、最近は成人矯正ではほぼ100%使ってはいるが、どうしても脱落が多い。
こうしてみると、新しい治療法とはいえ、利点、欠点があり、現時点ですべての点で最高の治療法は唇側ブラケットによる古典的な治療法と言え、それ故、多くの矯正歯科医でもメインの治療法はこの方法なのである。私の場合、器用な方ではなく、矯正臨床もへただと自覚しているが、それでも私の唇側ブラケットによる治療結果を舌側ブラケットで達成できる先生は全国でも数人しかいないと思うし、さらにマウスピース矯正では不可能と思われる。これは決して私がうまいのではなく、舌側矯正が難しいのである。舌側矯正にしてもマウスピース矯正にしても、すばらしい治療をする先生はいるが、これらの先生はその分野のスペシャリストで個人的な才能だけではなく、多くの症例、少なくとも500症例以上の治験例がある。逆に数十例以下の先生の治療はたかがしれている。Artという観点からすれば、どれだけ沢山治療したかという経験値が重要であり、逆に新しい治療法はよほど開業医が導入するには慎重でなくてはいけない。大学病院や学会で一般的になった時点から使っても遅くない。
一方、患者は雑誌やインターネットをみて、こういった新しい治療法を求めるため、開業医の方も経営上、扱わざるをえなくなる。私のところでは、舌側矯正とマウスピース矯正をしていないので、患者がどうしてもこういった治療法を求める場合は、標榜している先生に紹介していたが、一度、その先生に会って話したところ、初めてのケースですと言われ、ショックを受けたことがあった。標榜するなら少なくとも数十症例仕上げてからしろと言いたいところだが、そうすると新しい治療法ができないし、こうして症例を増やして、うまくなるのだろう。私の場合、矯正治療はけっして隠すものではなく、自分の欠点を自らの決心で治すのだから、もっと堂々として治療してほしいと思っているので、舌側矯正やマウスピース矯正はこの先もしないように思える。世界的なバイオリニストの五嶋みどりさんが、テレビのインタビューを受けていた。ふとその口を見ると、可撤式の保定装置が入っていた。保定に入り、半年、1年は終日使用を指示されるが、インタビューの収録時間くらいはずしても、問題はない。本当に五嶋さんは真面目で、几帳面な人だと感じ入った。
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