2019年8月18日日曜日

全顎治療における矯正治療



 クインテッセンスという歯科雑誌がある。矯正専門で開業しているが、一般歯科の流れを知るために、開業当初から、すでに20年以上、購入している。この雑誌の特徴は、アメリカ型の高度の、違う言い方をすれば金のかかった歯科治療を紹介していることだ。補綴、エンド、外科の専門家による論文も参考になる反面、矯正歯科に関してはあまり矯正専門医の論文が登場せず、むしろ一般歯科医の矯正に関する論文が出てくる。少し専門家からすれば問題のある論文がある。

 昔から一番興味があるのは症例報告で、ある患者さんの治療、多くは全ての歯を直す全顎治療が多いのだが、詳細に紹介されている。いろんな治療がなされているが、多くは矯正治療が含まれ、下の歯列のでこぼこを直す治療が取り入れられている。すなわち下の歯にブラケットをつけてワイヤーを入れてでこぼを直している。一番簡単な治療なのでせいぜい半年くらいで治る。簡単に直せるので、全部の歯をきれいにするのであれば、ついでに下の前歯のでこぼこをなくすというのは悪いことではない。

 ただ無料でしているわけではなく、有料、それも数万円単位の額ではなく、数十万円以上とっている場合もあろう。クインテッセンスにはそうした治療費は一切書かれていない。下の第一大臼歯から反対の第一大臼歯までの12本の歯にブラケットをつけるのに15分、ワイヤー交換は5分、6ヶ月では完全に終了できる。マルチブラケットによる矯正治療の中では最も簡単で手間がかからない。

 矯正専門医から見ると、クインテッセンスの症例報告のような中高年の患者に、たとえ数万円であっても、矯正治療を行うのは勧めない。というのは非常に後戻りが多く、それを防ぐためには舌側から固定式の保定装置が必要となる。中高年でいえば、生涯、固定式の保定装置を入れておくのが良いのかという議論が出よう。クインテッセンスの症例では、おそらく数十万円の費用をかけて矯正治療をしていると思われるが、そうした費用をかけて矯正治療をする必要性は、おそらくほとんどの矯正歯科医は肯定しないし、エビデンス的にも肯定されていない。まあ、手間もかからないから、おまけでタダで矯正治療するのであれば、悪くはないが、費用をかけてする必要性は全くない。以前、あるスタディーグループで、こうした症例の演者に質問したところ“患者は矯正治療を希望した”という。これは全く詭弁であり、患者は治療に対する専門的な知識は持ちえず、演者が矯正治療を勧めた結果、患者が受け入れたと思う。たとえば“これだけ金をかけて矯正治療しても意味はありませんよ”といって誰が治療を希望するだろうか。ましてや数十万円の矯正治療費を追加しようとすれば、きっと“矯正治療をして下の前歯を綺麗に並べれば、歯周疾患の予防になります。十分な価値があります”くらいのことは言っているだろう。

 60歳以上の患者になれば、目標はいかに一生自分の歯で食べられるかであり、同時に社会心理的には審美性も求められが、それ以上にできるだけ歯に侵襲の少ない治療法が必要となる。昔、尊敬する一般歯科医がいて、彼の治療計画は、患者の口腔内の10年後、20年先を読んで、この歯は一時的な治療をして、逆にこの歯を他の歯がなくなった時に重要なので、自費でもきちんと直すという。多くの歯はテンポラリーという一時的な治療をして12年してから自費の補綴物に替える方法をとっていた。慎重に少しずつ進めていた。もちろん傾斜歯の直立などの矯正治療は必要に応じてやっていたが、単純な歯の整列はしなかった。

 矯正治療は基本的には患者の希望により始まり、歯科医から勧められて治療するものではない。なぜなら一部の不正咬合、顎変形症や口蓋裂を除けば、矯正治療による機能的改善は少なく、確実にエビデンスがあるのは、自己評価の改善、つまり自信を持って笑顔になり、積極的になったという社会心理的な改善である。これは患者本人が気にならなければ矯正治療は必要ないことになり、歯科医から指摘されて初めてわかるものではない。50歳以上の患者にこちらから勧めて下顎前歯のでこぼこを改善する矯正治療は、あまり意味がないと思える。うちの患者が東京の歯科医院で奥歯の虫歯の治療を行なったが、補綴治療に関して、自費と保険治療について説明があった。その説明書を見せてもらったが、保険の治療を銀歯の治療として否定し、ファイバーコア、セラミックの治療を勧めていた。その治療方針自体は否定しないが、そこの歯科医院のH Pを見るとドクターはほとんど若手の歯科医師であった。少なくとも彼らの経験上から長期の予後からセラミックの治療を勧めたわけではなさそうである。

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