先日、7歳頃から反対咬合の治療のために来院し、14歳頃に中断された患者さんが数年振りに来られました。すでに21歳になり、顎が明らかに大きい骨格性反対咬合を呈しています。手術を併用した治療が必要な症例です。カルテを見ると、初診当時から上下の顎のズレが大きく、将来的には外科的矯正の適用になる可能性が高いと親には説明しました。その後、少しでもよくしてほしいと熱望されたため、上顎骨前方牽引装置による治療を2年間ほどして切端咬合くらいになりましたが、再び少しずつ下顎の成長が大きくなりました。やはり成長が終了してから手術を併用した治療法が良いと説明しましたが、来院されなくなりました。ある意味、7歳の初回検査時の診断が当たったのですが、長年、矯正治療をしていますと、何となく、将来顎が伸びる症例がわかります。もちろん、両親の遺伝もありますが、子供にしては下顔面の長い、大人びた顔をしているなどの特徴があります。
下顎の小さな上顎前突の場合では、下顎ががっちりした症例では機能的矯正装置などの早期治療で下顎がかなり大きくなるケースを多く経験しますが、逆に下顎がきゃしゃな症例ではあまり効果がないことがあります。前者の場合は、本格的な矯正治療しなくてよい場合がありますが、後者の場合は小臼歯抜歯+マルチブラケット装置による本格的な治療を必要とします。
反対咬合であれ、上顎前突であれ、成長期の早期治療で、良好な経過を示す場合がある一方、あまり効果がない場合もあります。経験上、早期治療のみで治るのは20-30%くらいで、さらにこのうち全くでこぼこもない理想的なかみ合わせは5%くらいで、その他の症例では通常マルチブラケット装置による二期治療を必要とします。矯正歯科医院も経営のことを考えると、一人の患者に期間をかけるわけにもいきません。いかに効率的に運営するかを求められために、アメリカの矯正歯科医の多くは、あまり早期治療をしません。それに対して日本では、患者さんの親の要望もあるため、多くの矯正歯科医院では早期治療をしますが、基本的には二期治療におけるマルチブラケット装置の治療を重視します。当院もそうした方針です。
一方、一般歯科医では、早期治療をかなり重視する歯科医院が増えています。早い段階で治療すれば、歯を抜く必要もないし、本格的な治療が必要なくなるといううたい文句です。中には5,6歳から上アゴを広げるような治療をします。ただこれらの歯科医の多くは、床矯正であれば、1個6万円と矯正装置ごとに値段を取っているために、ある程度、治れば患者は途中で来なくなりことが多いと思います。そのため先生は長期の患者の経過を知らず、マルチブラケット装置による治療そのものを考えていない場合もあります。永久歯列完成時に治療を要求すると、ここまでしか治らない、後は専門医で治してくださいと言われるかもしれません。矯正専門医で治療することになっても、全く新患扱いとなり、これまでの装置代が全く無駄になります。しかしながら最初の説明では早期治療の長所だけを述べ、あまり永久歯が完成してからの仕上げの治療についての説明はないようですので、こうした場合の対応も十分に聞いておいて欲しいと思います。一般歯科の先生は、矯正歯科医が目指す理想的な咬合を目指しておらず、ある程度(非常に範囲が広い)の、でこぼこ、出っ歯があっても、あるいは上下の歯が前に出ていて口が閉じにくくても、問題ないと考えています。そうでなければ、マルチブラケット装置なしの矯正治療は絶対に患者に提示できないはずです。綺麗な歯並びを目指しているなら、最初から矯正専門医に行くべきですし、多少でこぼこがあっても安く治療したいと考えるなら装置代ごとの一般歯科での治療がいいかもしれません。
私自身、一般歯科での矯正治療はかまわないと思っています。ただし費用が安いという前提です。早期治療で治ると言われて高額な治療費を払ったにも関わらず、これ以上の治療はできませんでは、納得いきませんが、料金が安ければ文句は少なくなります。世界中の矯正歯科医のメインの治療法はマルチブラケット装置であり、早期治療でマルチブラケット装置による治療が必要なくなるなら、皆そうした治療をしています。現在、早期治療と言われる床拡大装置は1970年代頃までヨーロッパで行われた治療法で、ドイツや北欧諸国では矯正治療も保険が適用されたため、費用の安い床矯正治療がメインで行われていました。ある程度、こうした治療法も効果があったのかもしれませんが、今では世界中のほとんどの国でマルチブラケット法が主たる治療となり、本家のヨーロッパではそれと併用して床拡大装置や機能的矯正装置が使われているのが現状です。そうした意味では“早期治療でマルチブラケット装置による本格的な治療をしなくてよい”という考えは、学問的なエビデンスもありませんし、世界中のほとんど矯正専門家は臨床的経験から否定するでしょう。何も古いものが悪いということではありませんが、ヨーロッパの多くの矯正歯科医が床矯正装置を使わなくなったのは、適用が狭く、効果が不確実なためと思われます。逆にいえばこの装置でもうまくいく症例もあり、安い費用ならやってみる価値があるかもしれません。
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