2020年3月26日木曜日

新型コロナウイルス と歯科医院

この写真のようなサージカルマスクではダメであろうし、帽子、チェアー、ライトのカバーも必要

 青森県でも6名の新型コロナウイルス感染者が発生し、深刻な状態となっている。当院でも、標準予防策(スタンダードプレコーション)に沿って治療を行ない、患者ごとの手袋の交換はさらに徹底して、途中でカルテ書きなどをする場合は一度外し、アルコール消毒をして再び新しい手袋をするようにしている。また歯科用チェアーやライトなども患者ごとにアルコールあるいは次亜塩素酸で拭くようにし、入口の外、受付、便所、歯磨きコーナには手指用のアルコールを設置して患者に使うように指示している。また時間があれば、入口や便所の取手、待合室のソファーのアルコールによる清掃をしている。さらに注文中の非接触式体温計が届けば患者の体温測定をするかもしれない。また患者同士の接触をできるだけ減らすことと、周辺機器の清掃に時間がかかるために、予約時間を長く取り、間隔を開けるようにしている。

 ただこうした標準予防策で、今回の新型ウイルスに対処できるかといえば、誠に心持たない。歯科診療は直接、至近距離で患者さんと接するため、非常に感染リスクが高い。唾液中には多くのウイルスが存在し、歯科治療、特にタービン、あるいは超音波スケーラーによるエアーゾルが発生し、ウイルスは周囲に拡散する。それを吸い込むことにより歯科医あるいは歯科衛生士の感染リスクは非常に高まる。こうしたこともあり、感染のひどい中国やイタリアでは歯科医院はどうしているのか非常に気になった。日本歯科医師会や青森県歯科医師会からは、こうした場合の対処法に関しては一切の情報はない。少しずつ出てきた中国の科学者の論文を調べていると、中国の武漢市の歯科医の論文が見つかった。

 歯科の基礎科学では有名な“Journal of Dental Research”2020.3.12の論文で、”Coronavirus Disease 2019(COVID-19): Emerging and future challenges for dental and oral medicine”という論文で、著者は武漢大学歯学部のL.Meng, F.Hue, Z. Bianの三名である。武漢といえば中国で最初に感染者が出て、史上稀な1000万人都市の完全閉鎖を行なったところである。
ひどい状態を体験したドクターの論文だけに、多くの示唆に富んでいる。まず著者は、今回の新型ウイルスはこれまでの標準予防策では対処できないとしている。より厳重な予防策、例えば、これまで以上の頻回な手洗い、マスク、手袋、ガウン、メガネあるいはシールドの着用を必要とし、エアーゾールによる空気中の感染を防ぐためにN-95マスクの着用が全ての治療で必要としている。さらに重篤あるいは緊急性の高い患者のみ、指定病院でみることになっており、武漢大学歯学部はその指定病院になっており、新患には住所、連絡先、行動履歴(旅行の有無など)を聞き取り、さらに全員に体温測定をする。論文には書かれていないが、緊急性の低いと判断された患者は追い返すのだろう。さらに歯科用レントゲン写真は唾液接触の少ないパントモあるいはCT撮影を勧めている。また歯髄処置を必要とする患者は、院内感染の恐れから、治療の最後にして、隔離された部屋、できれば陰圧環境下での治療を勧めている。他にも細かいことが書かれているが、詳細は論文を見て欲しい。

 武漢の一般歯科はどうしているかは、この論文ではわからなかったが、おそらくは一般歯科ではこうしたより厳しい感染予防対策は取れないので一時的に閉院し、緊急患者のみ武漢大学付属病院などの大きな病院で対応したのであろう。もちろん矯正治療など全く緊急性はないので、武漢市の閉鎖時の矯正治療はストップしたと推定される。さらに一般歯科医でも義歯の製作、調整、小さなう蝕、補綴物の再製作などすぐに治療が必要なものが意外に多く、すべての歯科医院は休診状態だったろう。もちろん一般歯科でも、これまでの休日における急患対応で何とかできるかもしれないが、実際は上記のようなより厳しい感染予防対策、例えば患者ごとのガウン交換など一般歯科では準備できないので、口腔外科のある大学病院、県立病院、市立病院、大きな民間病院が受け皿とならざるを得ない。ただ調べる限りにおいては、これまで都市閉鎖で歯科医療をどうするかという危機管理は日本にはない。

 アメリカではすでに、裕福な医者は医院を閉鎖して別荘に逃げるという事態まであるようだ。流石に日本ではこうしたことはないと思う。それでも患者からの感染でいえば、歯科医院は多くの感染患者に接する内科に匹敵するリスクがある。都市閉鎖という恐ろしい事態は絶対になって欲しくはないが、そうした場合の歯科医療の指針について、少なくとも日本歯科医師会でもイタリアや中国、さらにアメリカの状況を調査して、すぐに指示が出るよう準備して欲しい。緊急患者の受け入れ、例えば、弘前市では弘前大学医学部附属病院歯科口腔外科、五所川原ではつがる総合病院歯科口腔外科、青森市では青森県立病院歯科口腔外科が、中国の武漢大学病院のような役割を担うが、人員的に厳しい機関もあり、その際に歯科医師会からの歯科医の派遣も必要となる。こうした取り決めは、無駄かもしれないが早急に地区歯科医師会と病院科長、病院責任者と話し合うべきであろう。ニューヨーク歯科医師会では3/25の緊急声明として、ニューヨーク市の歯科医院は、少なくとも3週間は緊急の歯科疾患以外は受け付けないようにアナウンスした。ただ感染予防処置の煩雑さ、歯科医、従業員の感染リスクを考えれば、こうした指示にも関わらず休診にする歯科医院も多いと思われる。https://www.nysdental.org

 ついでに言うと医師休業補償では、先生自身が新型ウイルスに罹り、休業した場合は、その期間の休業補償は出るが、従業員あるいは患者の中から感染者が出て休業する場合の保障はなく、逆に従業員については休業手当を払わなくてはいけない(平均賃金の60%以上)。それに準じれば都市閉鎖期間の歯科医院の休業保障はないと考えてよい。

PS:フェイスブックで知人のドクターから、アメリカの歯科事情を伝えるメリーランド大学の斎藤先生のレポートを教えてもらった。緊急性のない治療はしない方針や具体的な患者対応についての情報が載っているので参考になる。感染者数423名のメリーランド州でもこういうことになっている(メリーランド州577万人)。
https://www.whitecross.co.jp/articles/view/1585?fbclid=IwAR0uU1LbE7ppyQsYyi5NeRMq2sAxYaWxrs4Lkyiw8g6BtFCYUolj4oUmeSI

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