2021年11月19日金曜日

私がアライナー矯正をしない理由



世界的にインビザラインなどのアライナー矯正、マウスピース矯正が流行っている。インビザライン社によるとすでに1000万人以上の人々がインビザラインによる治療を行なっているという。インビザラインによる治療を進める先生方は、将来的には今のワイヤー矯正に代わってインビザランによる治療が主流になると宣言している。ただ矯正治療の主たる治療者に当たる矯正歯科専門医、あるいは日本矯正歯科学会は、こうしたアライナー治療に関しては否定的で、将来的にもワイヤー矯正の地位は揺るがないと考えている。

 

歯を動かすためには、弱い力を持続的に歯に伝える必要がある。ワイヤー矯正では、歯に接着したブラケットにワイヤーやゴムを介して歯を動かす力を伝える。ブラケットは歯の唇側、あるいは舌側につけるため、歯に対する力としては、前後、上下はもちろん、四角形のスロットと角ワイヤーによるトルクという二次元的な力をかけることもできる。理論的にはゴムを併用すれば、ほとんどの方向に歯の移動は可能となる。こうしたシステムはアメリカの矯正歯科医、アングルが考案したもので、すでに100年以上の歴史を持ち、多くの論文でその欠点、利点などが解明されており、トータルでいえば一億人以上の患者で使用したと思われる。

 

一方、アライナー矯正について、マウスピースのようなものを咬ませて歯を動かす方法はすでに50年以上の歴史を持つが、今のようなコンピューターを用いて、少しずつ歯を動かすインビザラインのようなマウスピース矯正が始まったのはここ20年くらいである。当初は、簡単なデコボコや隙間が開いた症例など限られた症例に用いられてきたが、最近では抜歯ケースも含み、ほぼ全ての症例で用いられてきた。ただ、その仕上がりには未だ大きな問題があり、ワイヤー矯正のレベルには達していない。

 

一つの理由として、アライナー矯正では、アライナー本体が歯を覆う際の力を利用するので、いったいどれくらいの力がかかっているかわからないことと、たとえアタッチメントなどの突起物をつけても、取り外し式タイプである限り、どうしても力が直接かからず、ロスがある。特に捻転などの解消は不向きである。例えばワイヤー矯正であれば、3、4ヶ月で治る30°以上の捻転も、一年以上かけても治らないことがある。また上下にゴムをつけるのも制限があり、トルクもかけにくい。昔の日本矯正歯科学会の専門医試験では、10のカテゴリーがあって、多くは抜歯ケースであるが、合否はその治療前後の資料などから判定される。以前、舌側矯正を主としている先生が全ての症例、舌側矯正で治して、この試験に提出した。見事、合格し、その先生の臨床能力の高さを証明したが、未だに舌側矯正でこのレベルになるには相当難しい。それでは将来的に、インビザラインでこのレベルに達することができるかというと、ほとんど不可能であろう。実際、日本で一番、インビザランをしている先生に、この10のカテゴリーの症例を出して、審査を受けてもらってもまず不合格となろう。

 

インビザラインなどのアライナー矯正を行うのはほとんど成人患者である。こうした患者は非常に要求が厳しく、肉眼ではわからないほどの段差やねじれを気にする。また治療期間についてもシビアで、最初に2年間と言われると、治療期間が2年を過ぎるとかなり批判される。また治療後も後戻りがあると、すぐに再治療を要求される。一番、多いのは口元の突出感が気になる患者さんで、私のところでも当初は歯を抜くのを嫌がり、非抜歯で治療したものの、口元の突出感が気になり、小臼歯を抜歯して治療した患者は数十名に及ぶ。中には一旦、非抜歯で治療を終了し、数年後に再度、抜歯して治療し直した症例も5例ほどある。アライナー矯正の多くは、非抜歯で治療するので、感覚的には半分以上の患者からこうしたクレームがきそうである。全ての患者がこうした厳しい患者ではないにしても、子供の患者に比べて相当、神経を使う。それでもワイヤー矯正であれば、簡単なワイヤーベンディングや抜歯などで対処でき、治療後、数年たっての再治療もそれほど気にならない。ある意味、患者のわがままと言えるような要求に対しても何とかカバーできるし、そうしないと患者は満足しない。

 

現在、日本矯正歯科学会では、医療広告法を遵守させるために、会員、特に認定医、臨床指導医の診療所のHPをチェックし、広告法に違反があれば、訂正を求め、従わない場合は資格を与えない、更新させない。それ故、認定医、臨床指導医の矯正歯科医院ではインビザラインの宣伝が実質できず、それ以外の一般歯科医院が派手な宣伝をして、多くの患者がそちらで治療をする。結果、治らないケースはお手上げとなり、費用と期間の無駄となる。日本臨床矯正歯科医会では、「歯科矯正何でも相談」という患者さんからの問い合わせコーナーを行なっており、このまとめが毎年送られてくるが、年々、報告書は厚くなり、インビザランなどのアライナー矯正のクレームも倍増している。おそらく今のままのペースで進めば、消費者センターへの苦情も増え、矯正歯科、とりわけアライナー矯正については特定商法取引法の適用になるかもしれない。ここまで状況が悪化すると、私個人としては、是非、特定商法取引法の適用になった方が、患者のためになるように思える。


 

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