2022年1月4日火曜日

映画「石中先生行状記」のロケ地を検討する


巨匠、成瀬巳喜男が、1950年(昭和25年)に石坂洋次郎原作の「石中先生行状記」を映画化した。戦後の弘前を舞台にした石坂の小説を原作としているので、映画でも弘前市内とその郊外がロケ地として選ばれている。郊外のロケについては、参考にすべき対象がなく、同定できないが、市内の撮影については古い写真やストリートビューなどでわかるところもあるので、ここで少し検討してみたい。 

映画自体はYouTubeで見られるので、見て欲しい

https://youtu.be/qWHtXDDeCw4




映画の最初のシーンであるが、土手町、蓬莱橋付近と思われる。

昭和25年当時のトテ馬車の動いているシーンが見られる

蓬莱橋からの風景である。少し望遠で撮ったのか、圧縮効果で向こう山が大きく写っている。


これは弘前大学病院横、在府町のところである。木の茂った黒塀の家は今もそのままある。


これも坂の角度から、ほぼ本町坂であることがわかる。


この西洋風の建物ははっきりしなかったが、コメントより弘前郵便局と判明
現在のドーミーイン弘前ホテルの場所,明治35年に建てられ、昭和37年に解体

上の写真から、ドーミーイン弘前の斜め前、旧千葉酒造店横の空き地、
昭和10年の地図では岩田唯四郎宅




劇場のシーンであるが、これだけ狭い空間に店や劇場があるところはなく、撮影所での撮影か


岩木山の位置からは茜橋か


これも岩木山が大きく見えるが、おそらく医学部病院前の本町だと思われる。白い坪田家の蔵は今も残っている。


これは右の門から弘前大学病院である。

土手町のどこかであろう。


最初の方のシーンであるが、はっきりしない、これも撮影所のセット?





これも全くわからない。慈善館にしては周囲の状況が違う





























2 件のコメント:

匿名 さんのコメント...

こんばんは。いつも楽しく拝見しております。
映画の昭和20年代の弘前の風景から、現在につながる場所が幾つかありました。
面白かったです。
また、「西洋風の建物は、、、旧弘前市役所?」は本町坂へ下りる手前の角にあった弘前郵便局ということを確認いたしましたのでご報告いたします。
参考文献:山口寿著『弘前の街並み88景-昭和30年-』弘前市著作出版物等振興助成図書 平成4年発行
2月発行予定の本を待ち遠しく思います。
それでは、失礼いたします。



広瀬寿秀 さんのコメント...

コメントありがとうございます。「弘前の街並み88景」と、「青森県弘前市俯瞰地図」(大正8年)でも確認されました。
ほぼ映画の進行通り、女の人が本町坂を登ってきて、右手に郵便局、二人組みの男の人は左手前の看板を見ていることになります。
昭和10年の「弘前市案内圖」では岩田唯四郎宅となっています。今は、旧吉井酒造の隣の空き地(ねぶたをおいていた空き地、)だと思われます。
亡くなった吉井千代子さんの土地だったところです。
後の場面は、ほぼ撮影所のロケだと思います。

20、30年前であれば、戦前生まれの人に聞けば、場所はすぐにわかったことですが、今、調べるとなかなか大変です。この映画が作られたのが1950年、その年に生まれた人がすでに72歳、本町坂を登る女優、杉葉子さんも2019年に90歳で亡くなっています。