2022年7月8日金曜日

口腔機能発達不全症2

 



前回、保険適用となった口腔機能発達不全症について述べた。もともと、こうした考えと、それに対する治療法は1910年代頃からあり、アルフレッド・ロジャースという先生が唱えているのを、古いデンタルコスモスという雑誌で読んだ記憶がある。百年以上続く論争であり、多くの研究と理論があるが、いまだに結論は出ていない。

 

ただ確実なことは、咀嚼、呼吸、嚥下(舌機能)、習癖などの口腔機能が不正咬合に関与していることは間違いない。もちろん、顎や歯の大きさなどの遺伝的素因も大きいだが、こうした口腔機能も歯列不正の要因になっている。つまり口腔機能の問題——>不正咬合は間違いないのだが、口腔機能の問題の解消が必ずしも、もっと端的に言えば、あまり咬合の改善に結びつかないのである。

 

例えば、口腔機能が最も関係する、開咬という不正咬合がある。前歯や側方歯部に嚥下時に舌をだすことによる場合がほとんどである。普通考えれば、舌を出す癖がなくなれば、開咬もよくなるはずである。確かに舌機能訓練などをして、開咬が治っていく症例もあるが、あまり変化しない、あるいはある程度までよくなったが、その後はそれ以上変化しない場合も多い。後者については、舌機能訓練が不十分でもっと練習をすれば治るはずと思うかもしれないが、現実問題として100人の子供に機能訓練をして10人にしか良くならず、完全に治った症例が5人であれば、有効な治療法といえるだろうか。有効が5%,やや友好が5%、効果なしが90%であれば、治療法としてはあまり良くない方法であり、通常であれば理論的な根拠がなく、保険の適用には入らない治療法であろう。

 

100年以上前から口腔機能の重要性は分かっていながら、多くの矯正歯科医があまり機能訓練に積極的でなくなったのは、こうした挫折の積み重ねによる。私も一時はいろんな舌機能訓練コースを受けたし、何より大学にいた時の研究テーマは咀嚼、呼吸、姿勢などの機能と顎発育、不正咬合との関連である。それでも今では口唇測定装置、顎運動装置、筋電図などはほとんど使っておらず、主たる治療法はマルチブラケット装置であり、後戻りや、治療がうまくいかない場合にのみ、主として舌機能訓練を行う。むしろ開咬の場合などは、マルチブラケット装置でまず形態を治し、その上で、舌機能訓練や咀嚼訓練を行って、その状態を維持するようにトレーニングすることが多い。できれば顎間ゴムを多用して出来るだけ深い咬合にする。こちらの方が治療として成り立つ。

 

今回、「口腔機能発達不全症」の基本的な考えを改めて読むと、そこには不正咬合との関連は一切、触れられておらず、またその改善を狙ったものではない。6ヶ月をめどに、単純に機能の問題があれば、指導、訓練をして少しでも良くするというだけである。どちらかというと肥満成人に対するダイエットなどの生活習慣のアドバイスに近いものである。これに付随して令和元年12月に田村智子議員が学校歯科検診で指摘された歯列咬合異常の費用負担を保険診療、公費支援できないかとの国会質問があり、答えとして「疾患と咬合異常との関連が明らかな場合に保険給付の対象としているところであり、疾患と咬合異常との関連が明らかでない歯列不正に対する歯科矯正を保険給付の対象とすることについては、慎重な検討が必要と考えている」、「厳しい財政状況下、他の子ども・子育て関連施策との均等等を勘案すると、課題が多く慎重な検討が必要と考えている」との回答があった。また令和3年にも、子どもの矯正治療を保険適用にしてほしいという同じような請願書に対して、厚労省の回答は、前回と同じく「疾患と咬合異常や歯列不正との関係が明らかな場合に保険給付の対象としている」とし、「咬合異常や歯列不正の検出は、児童生徒等に対し歯科矯正の勧奨を行うことを第一義な目的とするものではなく、学習面を含む学校生活への配慮や齲蝕予防など、児童生徒等の将来を見据えた生活指導を行うことを重視すべきものであると考えている」と訳のわからない苦しい回答となっている。

 

医療費の老人世代への偏りには、若い世代は強い反発を持っており、保険料を払っていても恩恵を受けていないという。せめて自分の子供の矯正治療費が保険適用されれば、少しは恩恵を受けたと感じるであろう。口腔機能発達不全症という病名を厚労省が認めて、保険点数がついたなら、いくら指導を行っても、形態の改善がないと機能的不全が治らない開咬、反対咬合、上顎前突などは、保険適用となっても良いといえよう。また少なくとも、開咬に関しては、舌突出癖という機能異常が関係しているので、因果関係のある不正咬合として開咬の矯正治療も保険にという理屈は成り立つ。


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