2023年2月16日木曜日

矯正治療は難しい

 


 


矯正治療を本格的にやり始めて40年以上経つが、いまだに矯正治療は難しいと思う。120年前にアメリカのエドワード・アングルが確立した歯にブラケットをつけてワイヤーの力で歯を動かすマルチブラケット治療法は、今日で矯正治療の主力である。私のところの診療所で言えば、治療の80%がマルチブラケット法である。おそらく中学生以上、永久歯が完成後の治療法としては、舌側矯正も含めて全世界で90%以上の患者に使われているものである。最近では、ワイヤーを用いない、いわゆるマウスピース矯正の患者さんも増えており、アメリカの一部の矯正歯科医院では、全患者の半分以上がマウスピース矯正となっていて、以前に比べてマルチブラケット法の頻度が減少したかもしれない。ただこれには理由があり、アメリカでは矯正をする患者数が日本に比べて格段に多く、その大部分が軽度の不正咬合、ちょっと凸凹がある程度の場合が多い。そのため、こうした患者には少し歯と歯の間を削るディスキングという処置が必要であっても、小臼歯などの抜歯を必要とする症例は少ない。あるいは、子供の頃に矯正治療を受けたが、後戻りがあり、それが気になってマウスピース矯正で再治療をするケースも多い。

 

一方、日本やアジア諸国では、もともと口元が出ている上下顎前突の傾向を人種的に持つため、以前から歯並びがいいが、口元を引っ込めたいという患者が多かった。台湾の先生によれば、診療所のくる患者の半分以上がそうした主訴であるという。つまり日本人では欧米の白人に比べて口元が出ているため、非抜歯で、でこぼこを治すためには、ディスキングだけではスペースが足らない。YouTubeでインビザラインの症例が紹介されているが、中には今の治療法では絶対に治らないと思われるケースがある。そうしたケースのコメントに「主訴が口元を入れたいのであれば、今の治療法では治らない。一度、横顔をとる側方頭部X線規格写真をとり、上顎切歯の角度、U1 to FHという項目がある。これが110度が標準値で、これを大きく超えるような角度であれば、抜歯を検討したほうが良い。至急、先生に相談されたら良い」と書く。そうするとこれまで側方頭部規格X線写真は撮っていないという。間違いなく、このインビザラインの先生には矯正治療の知識がなく、確実に口元の突出は治らない。こうしたインビザラインの患者動画は、最初のうちはかなりの頻度でアップされているが、妊娠、出産後にアップされなくなったり、いつの間にか違う話題になっていることが多く、最後までアップすることは少ない。さらに言えば、最後までアップされているものでも、矯正専門家から見れば、口元が突出していたり、咬合が甘い症例が多い。ある上顎前突の患者さんのケースも、終了した動画があり、上下の歯は綺麗に並んでいるが、噛ませると明らかに出っ歯であり、下あごを前に出してかんでいる。二態咬合という失敗例である。YouTubeで有名な尾島賢治先生の症例は綺麗に仕上がっているが、尾島先生も日本矯正歯科学会の認定医の資格がないので、Youtubeで積極的に動画を流せるが、認定医であれば、資格を失う。

 

はっきり言って、ワイヤー矯正においても、簡単と言われる1級叢生の抜歯ケース(小臼歯抜歯)でも、舌側からみて、小臼歯及び大臼歯の舌側咬頭をきちんとシーティングするのは難しい。ましては上顎前突、反対咬合、骨格性不正咬合あるいは中心位と中心咬合位のズレが大きい症例、舌習癖がある症例、骨性癒着歯を持つ症例などは、ワイヤー矯正でもきちんと治すことは難しく、おそらくマウスピース矯正でも治せるだろうが、逆に複雑な治療法となろうし、期間もかかる。そのため日本の矯正歯科専門医ではマウスピース矯正の頻度は確か10%程度で、それもほとんどのケースでワイヤー矯正と併用するようだ。また患者にはより確実で、安全、失敗の少ない治療法として、ワイヤー矯正しかしないという矯正医も多い。

 

矯正歯科医はアメリカの影響を受けて、口元が中に入った顔貌を好むのに対して、一般歯科医はあまりそうした見方はしない。患者さんが口元を入れたいというイメージは比較的矯正歯科医のイメージに近いが、一般歯科医のイメージとは異なるために、最初のガイダンスで、患者が口元を入れたいというと、非抜歯で入るという。この場合の歯科医のイメージは今より1、2mm入るくらいのもので、患者さんが描いているイメージはもっと下げたい。結果、マウスピース矯正では、患者が思ったほど口元が入らず、歯科医も小臼歯を抜きたくないと言って、そのままになることが多い。矯正歯科医の場合は、検査結果を説明する際に、側方頭部X線規格写真(セファロ)のトレース上で、今より切歯がどれくらいはいり、口元がどのくらい入るかある都度は予測でき。術後結果も最初の予想に近いことが多い。そのため、マウスピース矯正をする場合は、必ず、側方頭部X線規格写真を撮ること、その結果のうち、上下切歯の角度、どれだけ標準より前にあるか、それが治療後にどれだけ下がるかよく聞く必要がある。もちろんセファロも撮らずに矯正治療を始める歯科医は、100%ヤブ医者なので、これは絶対にやめるべきである。

 

セファロもない、あっても分析もできない歯科医院は、そもそも矯正治療をする資格はない。矯正治療における標準資料は、模型、頭部X線規格写真(セファロ、側方、正面)、パントモ写真、口腔内、顔面写真であり、これは世界中の全ての矯正歯科医でスタンダードとなっている。さらにCTや機能検査などを補助的に使うことはあっても、とりわけセファロのなしでの診断がありえない。これは全ての歯科学生にも徹底的に教えてきたことであり、国家試験でもセファロを含めた問題が出る。逆に言えば、セファロ分析なしにマウスピース矯正をする先生は、もう一度、大学で勉強してほしい。セファロなしで矯正治療をしたなら、これだけで患者から訴えられれば、裁判には確実に負ける。騒がれているインビザラインの集団訴訟についても、一つは治療費詐欺の問題、もう一つはもしセファロ写真なしで治療を開始し、例えば、出っ歯になったというなら、これは検査義務違反に相当するので、これも訴訟項目に載せれば良い。日本中のすべての歯科大学の教授、矯正専門医で、セファロなしでの矯正治療を認める人は100%いない。

 

インビザラインに代表されるアライナー矯正、マウスピース矯正は数ある矯正治療法の一つであるし、今後、さらなる改良が加わり、適用症例も増えるかもしれない。ただ。その治療の根底には、患者さんの咬合状態を検査、分析し、きちんと診断することがすべての矯正治療に求められる。それをしない治療法は明らかにおかしい。

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