2023年3月19日日曜日

青春時代 鹿児島編 1

 



鹿児島大学歯学部歯科矯正学講座に入局したのは、昭和60年(1985)であった。当時、矯正科には15名ほどの医局員がおり、教授、助教授に、助手が4名で、大学院生が1名、そして医員が8名ほどいた。全く矯正歯科の経験のない私を助手として採用してもらったのは、今の家内と結婚しようと思っていただけに本当に助かったが、入局して3年目の先生もまだ助手になっていないだけに肩身が狭い思いもした。先輩からは少し嫌味めいたことも言われた。当時の附属病院は矯正歯科と小児歯科が同じフロアにあり、受付も兼用で、両科の交流は活発であった。小児歯科の先生が矯正科に研修に来たり、逆に矯正歯科の先生が小児歯科に研修に行ったりした。また学生実習も両科が一緒に教える体制であり、そうした架け橋をより強固にするために、小児歯科出身の私を矯正歯科の助手に採用してくれたのだろう。

 

鹿児島大学矯正歯科は、全国の歯科大学に比べても非常にユニークなところであった。まず担当医制、患者を先生に配当してその患者を診る、のではなく、グループ診療制をとっていた。グループ診療というのは、全患者をみんなで診るというもので、具体的に言えば、午前中は検査の時間で、すべての患者は半年ごとに検査をする。朝、外来に行き、適当にチェアーに座ると、患者のカルテが置かれる。まず患者が歯科用ユニットに座ると、口腔内写真と顔面写真を撮る。そしてすぐに印象を取って、レントゲン(セファロとパントモ)のオーダーを放射線科に送り、患者の撮影をお願いする。その間に、技工室に行き、超硬石膏を真空練和器で練って注ぐ。固まり次第すぐに石膏トリマーで削る。そうこうしているうちに患者のレントゲンが出来上がる。そしてその場で、トレースして分析し、過去の分析結果や模型などから今後半年間の治療計画を立てる。1時間くらいでここまでして、教授対診となる。教授にこれまでの経過と、今後の計画を説明し、いろんな質問を受けて、問題なければ、OKなのだが、まごまごしているとカンファランス提出となる。これは週に2回ほど、外来が終わってから行うもので、規定の書式に則って治療計画をまとめて、医局員分をコピーして渡し、皆で議論する。運が悪いと週に3つ以上の症例をカンファランスに出すことになり、地獄である。午前中は大体2名くらいを検査し、午後は同じく、患者が来れば、それぞれの先生がワイヤーを変えたり、装置の型を取ったりと忙しく、4、5名は診た。毎回、患者が変わるために、カルテを見て素早くその日の治療を決めなくてはいけない。一応、助手の先生には聞いてもいいのだが、他の先生も忙しく治療しており、聞きにくい。当時はまだ新人教育のシステムができていなかったので、習うより慣れろで、必要に応じて教科書を見たり、流石にマルチブラケット法については最初の2ヶ月くらい、タイポドント実習をしたが、それだけであとは実践で鍛えた。

 

治療システムも変わっていて、オームコの「エッジロック」というセルフライゲーションブラケットを使っていた。ミラー、エンドカッター、ホウプライヤー、バードピークプライヤー、オープナーが基本セットで、このセットを金属トレーで滅菌パックに入れて、中央滅菌室で必要数を滅菌する。ほぼワイヤーを外して入れるだけだったので、それほど時間が掛からなかったが、撤去の場合は、まず教授を呼んで、撤去していいか確認し、OKが出れば、装置を外して、すぐに印象をとり、模型を作り、そしてホーレータイプの保定装置を作る。ここまで2時間ほどかかる。当日の撤去、保定装置装着が基本であった。

 

グループ診療のいい点は、大学に来ている全患者の治療にタッチできることで、毎回、違った患者を見ていると、2、3年も外来治療していると、あらゆるタイプの不正咬合に接することができる。そのため自分で開業しても、大方のケースが大学病院で経験しているので、それほど困ったことは少ない。例えば、外科的矯正や唇顎口蓋裂の症例については、大学によっては矯正科の中のチームで対応しているところがあり、そうした大学でチームに入っていなければ、開業してもこうした症例を扱ったことがないことになる。一方、鹿児島大学では、毎回違った患者のこれまでの経過や今後の治療方針を検討するので、かなりの症例に接することができた。

 

ただこのグループ診療は、その後できた日本矯正歯科学会の認定医制度に馴染まないので、私が外来長をしていた時に、一般の歯科大学と同じ担当医制度に変えた。認定医制度では、基本的に同じ術者が最初から最後まで診た患者の症例を提出するために、グループ診療の患者は認められないからである。ただグループ診療の良さも残したかったので、4つくらいのグループにわけ、それぞれの担当指導医(助手)を決め、4、5名の新人、医員を配置した。そしてグループごとに例えば200名、新患も適宜配当し、症例の難度に合わせて、指導医、医員、新人に配当してもらう。時間があればグループ内の他の患者のことも把握するようにした。また同時期から新人教育のシステムも確立するように教授から言われた。まずプロフィットの「現代歯科矯正学」をテキストにしようと考えたが、当時、まだ和訳がなく、仕方がなく英文の輪読形式で新人と一緒に読んでいったが、そのうちの大阪大学の高田先生の名訳が出たので、それ以降は、全ての医局員にこの本を購入させて、新人教育のテキストとした。さらにアングルの論文やビヨルクの骨発育の論文など、いわゆる矯正歯科の分野における基本的な論文50くらいのリストを作り、それも新人教育に使った。同時にタイポドント実習も各指導医に任せて、Class I、 II、 IIIの症例について、ワイヤーベンディング、ロウ着などの技法とともに教えてもらった。

 

0 件のコメント: