2023年3月5日日曜日

長く続く店 日本式経営

 



世界の長者番付を見ると、一位はテスラのイーロン・マスクで約29兆円、二位はアマゾンのジェフ・ペゾスの21兆円、9位までアメリカ人が並び、10位にようやくインド人のムケシュ・アンバニの11兆円が入る。日本人はというと54位にユニクロの柳井正が3兆円となる。人間いくら贅沢に暮らしても、最初の頃は家や高級車に使っても、毎年毎年、そんなこともできず、死ぬまで毎年1億円を使うのはかなり難しい。一兆円など死ぬまでに絶対に使える額ではない。なのにどうしてそんなに金を稼ぐのか。おそらく会社経営が飛躍的に伸びるにつれて資産も雪だるま式に増えていったのだろうが、それでもここには際限のない人間の欲を感じる。

 

会社をもっと大きく、そして金をもっと稼ぎたいというのがアメリカンドリームであるなら、東洋人の我々からすれば愚かな夢である。“足るを知る”、これは中国の老子の言葉であるが、これは日本人にとっては、江戸時代から戒めとして語られる言葉であり、商売においても、一時に大きな益を得るよりは、必要最小限の益を得て、そして長く続くことが大事とされてきた。100年以上続く企業は、日本が33000社、ダントツで、次がアメリカの19400社、そしてスウェーデンが14000社となる。200年以上となると、日本が1340社で全世界の65%と占める。100年以上続く会社、アジアを見ると隣国の韓国は10社、中国も韓国と同じ10社程度、台湾は比較的多く200社以上ある。

 

アメリカを中心としたグローバル企業、あるいはその経営方法は、優れたCEO、最高経営責任者が、会社の権力を集中して、大胆な経営方針により会社を刷新していく方法で、電機メーカーであるGEが金融事業に進出し、成功を収めた事例が典型的である。歯科業界においても、近年、こうしたアメリカ式の経営が主体となり、これまで取引のあった会社が別の外資系の会社のM&Aで買収、吸収される。そこのCEOは新たな経営方針として、赤字部門、あるいは採算の低い部門を削減し、新たな事業を立ち上げる。これがうまくいけばいいのだが、多くの場合は、失敗し、愚かなCEOはやめればいいだけだが、これによって歴史の長い企業が消滅する。これの繰り返しで、アメリカの多くの歴史のある生産工場、企業が次々と消滅していった。結果、ここ20年で欧米の100年以上の会社はかなり減少していった。韓国、中国に関しては、もともと会社を長く経営しようという気がなく、経営者も自分の代が良ければいいと考えているので、100年以上企業が続くことがない。

 

一方、日本の多くの中小企業は、大きな儲けよりは会社を続ける、存続して次に繋げることが第一と考えている。これは江戸時代に確立した日本の商売のやり方である。世界一古い百貨店は1838年創業のフランス、パリのボン・マルシュ百貨店だが、日本の三越は1678年創業、高島屋は1831年、大丸は1717年、松坂屋は1768年創業で、いずれもボンマルシュより古い。多くの経営コンサルタントは、アメリカ式の経営理論を唱え、企業の収益の拡大を図り、積極的な経営を勧める。確かにこうした経営方針の方が短期の収益を上げられるかもしれないが、100年企業をめざすやり方ではない。優れた経営とは、黒字幅が大きくなくても、売り上げが少しずつ増加するような経営であり、逆に急激な増加は、急激な減少を招く可能性があることから、それを避ける。こうした経営方針を唱える経営コンサルタントは少ない。

 

江戸時代の商家というのは、家の継承、存続をまず第一に考えた。息子がいても、商売に向いてないと判断すれば、娘に優秀な人物を養子にとり、継がせた。養子として商売をついだ主人は、店を潰さないで子供に引き継ぐことが最大の使命であった。こうした商家のやり方は、日本では現在でも多かれ少なかれ続いている。世界最大の自動車メーカー、トヨタの前の社長、豊田章男も、この流れであり、こうした企業は今でも多い。会社の経営を同族で行うは、向いていない人物がトップに立つと、会社自体が潰れるリスクがあるし、会社の継続を重視するあまり新たな事業に進出する勇気がないといった欠点もある。一方、業績重視で、前年度比の値ばかりを気にすると、無理な挑戦をして、結果、会社がなくなることにつながる。どちらが良いとは言えないが、少なくともアメリカ式経営が日本式経営より優れているとはいえず、例えば、世界一高い薬、脊髄性筋萎縮症の治療薬、『ゾルゲンスマ』は一回、一億六千七百万円であるが、こうした高額な治療薬が産まれるのが、アメリカ式経営である。あるいはガン治療薬である「オポジーボ」の年間の薬代は、当初は3800万円、今は安くなったとはいえ、1000万円以上かかる。優れた薬であれば、貧困国でも使えるように安い値段で多くの患者に使って欲しいと考えるのが日本的な考えとすれば、欧米では開発費に相当な費用がかかっており、それを回収し、会社に莫大な利益を得るには、このくらいの値段でということになる。目の前に死にそうな患者がいて、医師が治療には100万円いる、ないなら助けないというようなものだが、これがアメリカ医療の現実である。

 

デンツプライシロナという世界最大の歯科機材メーカーがあり、20年ほど前に日本のサンキンというメーカーを買収、吸収した。そしてそこで扱っている矯正器材も継続して販売していた。特に矯正装置の主力であるブラケットは人気があり、おそらく日本の矯正歯科医の1/3くらいはここの製品を使っており、そこそこ黒字が出ていた。ところが3年前にこの会社のCEOが変わり、この矯正分野を一切捨て、当時、流行していたアライナー事業に乗り出すことになった。ハーバードとかどこかのビジネススクールをでた経営者かもしれないが、全く自分の会社が医療系の会社とわかっていないのだろう。私たち、矯正歯科医には『今後、サンキンの製品は販売しません』という一枚の紙が会社から送られただけである。こうなると我々臨床家は、新たな代品を探すことになり、患者には大きな迷惑をかけた。幸い、日本のメーカーが、この工場と従業員を引き継ぎ、今ではサンキンの製品も流通することになったが、デンツプライシロナという会社は、医療メーカーとして決してしてはいけないこと、使われている製品販売を中止することをした。おそらくこのバカなCEO単独の問題であるが、こうしたバカなCEOがよく出るのもアメリカ的である。

 

戦争、エネルギー危機、地球温暖化など多くの問題を抱える現代世界において、長く続ける企業、会社を作る日本的経営は、もっと見直されてもいいと思うのだが。


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