2023年12月21日木曜日

セファロ分析をしないところでの矯正治療はやめた方がよい

 


不正咬合の矯正治療には、口腔内写真、顔面写真、平行模型、オルソパントモ、セファロ写真が基本的な検査項目であることは、歯学部の学生にも散々教育してきたし、国家試験にもこうした分析結果の問題が出る。ところがマウスピース矯正をする先生の中には、この検査のうち、セファロ分析をしない先生が意外に多い。学生の頃に学んだことを忘れたらしい。

 

大学を卒業し、矯正科に入局すると、まずセファロのトレースと分析、そして分析結果からの治療計画の立てるトレーニングが行われる。大学によって期間は違うが、少なくとも50時間以上のトレーニングが必要だし、正確なトレースをするためには1年以上はかかる。レントゲン上の架空の点、線を見つけてそれをトレースするのであるが、最近では自動描記ができるソフトもあるが、基本的には手書きでトレースする。これまで一般歯科医に、研修医も含めて何十人もセファロの基本概念とトレース、分析を教えてきたが、誰一人マスターした人はいない。短期間でマスターできるものではない。退屈な作業だし、かなり地味なトレーニングである。ただ矯正治療をするなら、これは最低マスターしなくてはいけない知識である。

 

確かにある程度経験を重ねると、初診時の口腔内や顔貌をみただけで、ある程度の治療方針を立てられるが、それは何千枚ものセファロ分析をした経験に基づくものであり、それでも絶対にセファロ分析なしでの矯正治療はない。そのため、以前、兵庫県の歯科医師会の苦情相談室の報告を聞いたことがあるが、矯正治療におけるクレームで、もし歯科医院側でセファロ分析がされていなければ、絶対に裁判に負けるので、即示談にするように勧告するとしていた。セファロなしでの矯正治療は、世界的にみても決してありえない。

 

矯正治療で最も重要な診断は、まず横側のレントゲン、側方頭部X線規格写真(セファロ)で、上下のあごの関係を見る。上下の顎の大きさのバランスの取れたClass I、上あごに比べて下あごが小さいClass II、 上あごに比べて下あごが大きい、Class IIIに分類される。上下の顎のずれが大きい症例は手術を併用した治療も検討する。また下あごの回転方向により、後方回転(ドリコ),前方回転(ブラキー)、中間(メジオ)の3つのパターンがあり、これも治療計画を立てる上で重要である。上下切歯の傾きと軟組織(鼻、口唇)の関係は抜歯、非抜歯をきめるのに大切な計測値である。正面からのレントゲンでは、上下のあごの側方のずれを調べ、これも大きい場合は外科的矯正を検討する。

 

私のような矯正治療歴30年以上の臨床医でも、模型、あるいは見たままの印象だけでセファロ分析結果を推測するのは難しく、ましてや矯正治療歴の少ない先生がセファロなしで正確な診断ができるはずがない。もちろんセファロ分析をして、その結果に対する治療計画は先生によって違いはあるが、ただその違いを理論的に説明できなくてはいけない。矯正歯科専門医試験でも先生に問われるのはこうした点であるが、矯正歯科の専門医であれば、それほど治療計画に大きな違いがない。5軒の歯科を受診し、4軒の矯正歯科が抜歯治療、残りの一軒の一般歯科医が非抜歯治療を提案したとしよう。この場合、普通は非抜歯を唱える一般歯科医が間違っている可能性が高いが、患者はこの歯科医で治療した結果、口元の突出感が治らないことになった。こうして再度、矯正歯科医にセカンドオピニオンで見てもらうと非抜歯では治療できない、治療費の返却のため、この歯科医に連絡をすると、患者には非抜歯では口元の突出感は治らないといったが、どうしても抜歯を拒否したと嘘をいう。これまでこうした症例は何件かあった。また矯正歯科医で多いのは、明らかに外科的矯正の適用症例で歯だけで治しているケースである。先生に聞くと外科的矯正のことを話したが、患者は希望しなかったと答える。この嘘も多い。

 

インビザインのトラブルで多いのは、デコボコは治ったが、口元の突出感は変化しない、あるいは悪くなったケースである。この場合、セファロを撮っていなければ、患者から訴訟されると厳しく、多くの歯科医院では面倒な訴訟に巻き込まれるのを嫌がる。口元の突出感が当初の主訴に入っているなら、セファロ分析は必須で、これなしで治療計画は絶対に立てられない。他に多いトラブルは、奥歯が噛んでいないというもので、これに関しては、インビザラインのせいというより歯科医師の技量の問題であり、これは裁判でも争うことはできない。技量に関しては、よほどのミスでなければ、患者が裁判で歯科医に勝てない。

 

さらに不思議なのは、インビザラインに関するYouTubeあるいは講演会で、情報を発信している先生の経歴を見ると、何名かの矯正歯科専門医を除き、ほとんど矯正歯科の正式な教育を受けていない。間違いなく、こうした先生は、セファロ分析はできないし、正確な診断はできない。それなのにこうした先生は全く臆せず、講演会をしている。また患者の方にも問題があり、矯正治療を受けるなら少なくとも歯科医の経歴を見て欲しい。〜大学歯学部矯正歯科の履歴がないのに先生の言葉だけで治療を行うのは、これは失敗しても自業自得である。


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