阪急阪神ホテルでメニューに載っている食品と実際の食材が違う、いわゆる食品偽装問題が話題となり、社長の辞任という結果となった。消費者からすれば高い金を払って食べたものがメニューの食材と異なり、だまされたということか。ホテル側も払い戻し、ブランドの低下など社会的な制裁を受けることになった。
歯科の分野でも、標榜診療科名については偽装と言われても仕方がない。歯科の標榜診療科としては、矯正歯科、小児歯科、口腔外科がある。医療をうける際、受診者にその先生の専門を正しく伝えるために設けられた制度である。歯並びについて治療を受けたいと思う患者さんが、どの医院に行ったらよいか、迷うところである。その際の選択基準として診療科名がある。先生がどの標榜科を名乗るかは、2つ以内なら自由であり、規定はない。ところが、ほとんど知識、経験がなくても、診療科を掲げることができる。
平成22年度の厚労省の調査で、歯科医師数は病院勤務が12438名、診療所が86285名である。このうち“歯科”を標榜しているのが89893名、複数回答の診療科名医師数は、”矯正歯科”では21061名、”小児歯科”は41202名、”口腔外科”が24863名となる。歯科医のうち矯正歯科では21%、小児歯科では42%、口腔外科では25%が標榜している。さらに若い先生ではこの比率はさらに高くなる。最近開業して先生をみると、ほとんどの先生が“歯科、矯正歯科、小児歯科”を標榜している。
ところが、それぞれの学会会員数を見ると、矯正歯科の学会会員数は5747名で、標榜している先生の26%しか学会に入っていない。さらに小児歯科にいたっては会員数が4607名で、11%しか入会していない。さすがに口腔外科では会員数も多く9941名で、40%という比率となる。学会は最新の医療情報、器材を知る場であり、標榜するのであれば少なくとも学会に参加すべきものと思われる。さらに専門医となると矯正歯科の専門医は282名で、標榜医の1%、認定医は2795名であるので、これでも13%となる。小児歯科の専門医は1550名で標榜医の4%、口腔外科の専門医は1830名で、標榜医の7%となる。
医科も“内科、小児科、皮膚科”など多くの標榜科名を掲げており、こういった問題は歯科だけではないという人もいよう。そこで医科の標榜医について、同じく平成22年度の厚労省の調査をみた。280431名のうち、複数回答の診療科名医師数は、“内科”が88155名と多い。“皮膚科”は14892名、“小児科”は30344名、整形外科は24679名となる。皮膚科学会の会員数は11630名、専門医数は5956名と標榜医の78%は学会会員で、40%は専門医の資格を持つ。同様に小児科学会の会員数は20805名、専門医数は14828名と、これも標榜の69%は会員であり、専門医の割合は標榜医の49%となる。整形外科学会の会員数は23567名、専門医数は17546名で、会員数は標榜医の95%、専門医は71%となる。
医科の中にも、専門教育も受けずに勝手に標榜科を挙げているところもあろうが、その数はそれほどではないことが、この数値からもわかる。医科で開業する場合は、大学病院などで15-20年の臨床経験を積み、その間に1つか2つの専門医をとってから開業するのが一般的であろう。それに対して、歯科では開業後、大学に残らず、一般歯科で数年、臨床を学んだ後に開業する。この間、全く専門教育は受けていない。矯正で言えば、勤務先の歯科医院で簡単な矯正治療を経験し、いくつかの矯正歯科のセミナーを受けて、矯正歯科を標榜する。
歯科の先生に、どうして本格的に学んでいないのに標榜するのかと聞くと、もともと歯科は小さな範囲であり、それをさらに細分化するのはおかしいという。さらに専門医を持っている先生でも治療はひどい、また難しい症例は専門医に送るという。歯科に専門医制度が必要なければ、日本歯科医師会で拒否すればよく、実際、補綴、保存などの科目は標榜名からは外れている。小児歯科、矯正歯科、口腔外科についてはその専門性が高いということで、歯科医師会、厚労省で認められた科名であるから、歯科の細分化の議論は決着している。
診療内容については、確かに私のような専門医でも失敗は多く、完全にうまく治療したという症例は少ない。それでも一般歯科の先生よりはレベルは高いという自負があるし、矯正歯科の専門教育を一切受けていない先生が症例だけで試験を受けても、矯正歯科専門医試験を通ることは決してない。
偽装とは言わないまでも、歯科における標榜科名についてはゆゆしき問題であり、当初の目論みとは異なり、かえって国民を混乱させるものとなっている。ことに小児歯科標榜は、完全に有名無実となっている。
*厚労省の調査はhttp://www.mhlw.go.jp/toukei/youran/indexyk_2_2.htmlの表2−47を参考にした。なお表の矯正歯科では、専門医数があまりに少ないので、認定医数をあげた。
0 件のコメント:
コメントを投稿