2023年4月27日木曜日

忙しかったので

 





昔から嫌いな言葉の一つに、「忙しくてーーできなかった」という言い訳がある。患者さんの中には、装置が入ったまま、何ヶ月も来院されない人がいる。こちらからも電話をしたり、ハガキで連絡するも、全く返事はないが、突然、来院する。「どうして何ヶ月も来院されなかったのですか。こちらからも何度か連絡したと思いますが」と尋ねると、こうした患者さんはほとんど「忙しくて来院できなかった」という。これは言い訳にもならず、有名タレント、プロスポーツ選手、実業家など、本当に仕事で忙しい人でも何とか歯科医院にくる時間を作り、治療を行う。だいたい数ヶ月も忙しくて歯科医院、それも15分くらいの時間が取れないわけはない。ようするに面倒くさくて来院しなかっただけである。

 

例えば、友人から旅行や飲み会に誘われ、あまり行きたくないときは、ちょっと忙しいので行けないと言うことはあるだろう。実際は、暇な時であれば行きたいのであるが、今は仕事も忙しく、そのわざわざ時間を割いて付き合うほど行きたくはないということである。重要な要件や好きな人からの誘いであれば、いくら忙しくても万難を排して、行くであろうが、それほどでもないということを婉曲的に表現している。それでも、状況によっては違和感があり、引退して一日中、部屋でテレビを見ている人に、たまの息抜きに一緒に飲もうと誘うも、「忙しくて時間がない」と言われる。もちろんテレビをみるのが忙しいのかもしれないが、もう2度と誘うことはなくなる。この場合でも、正直に「誘ってくれるのは嬉しいが、外に出て酒を飲むのが今は何となく億劫と思ってしまう。今度、また連絡してくれ」と正直に言ってもらえば、まだ友情はつながる。気持ち的に飲みたくない時もあるだろう。

 

一方、会社や仕事関係で、本当に忙しくて断られることがある。仕事が多くて、これ以上仕事ができない、寝むれない、体を壊すという状況もあろう。ただこの場合も、1ヶ月以上こうした状況が続くことは稀であり、もしそういう状態が続くのであれば、人員の増加、システムの改善など、経営者サイドで何とかすべき問題である。ある矯正歯科材料会社に矯正用のワイヤーを注文したところ半年待ちであると言われた。主要生産物である。よく考えれば、半年も販売が中止されれば、生産工場は破産するはずである。担当者に聞くと、製作する人がいないとか、機械が故障したといった理由を言っていたが、よく売れている商品で、こうしたことで半年販売がないというのはあり得ない。

 

私のところも含めて歯科医院では、患者さんからの電話が来ても、「忙しくて予約できない」と答えると、すぐにGoogleのクチコミに酷いことを書かれる。こちらも空いているのに患者さんの予約を断っているわけではなく、実際に予約でいっぱいなために断っている。それも平日はかなり空いているのにも関わらず、土曜日しか来られないと言い、それでは1ヶ月後にならないと空いていないと答えると怒り出す、あるいは何とか予約を割り込ませろと凄む人もいる。中には日曜日は休診日であるが、なぜ開けないかとどなる人もいる。一方、歯科医の方にも問題があり、いっぱいで2ヶ月先まで予約できないというところがある。有名ミシェラン店ではあるまいし、それほど混むわけはない。不思議なことと思うかもしれないが、保険治療が主体の歯科医院では、患者数が多ければ、保険点数が上がり、収入も多くなる。それゆえ、昔の先生は来る患者は断らずに、すべて診た。中には一人で一日250名診たという先生もいるくらいで、50名くらいは普通に診ていた。こうした先生は治療自体もかなり早く、抜歯5分、形成5分とスタッフにもかなりのことをさせながら、どんどん患者をさばいていった。ところが今の若い先生は、そんな無茶な数の患者を診ると、診療レベルが下がる、1日に診る患者数は20名が限界とし、それ以上の患者は決して取らない。結果、これまでの来ている患者を見るだけで、予定数が終了してしまい、忙しいと言って新患を断ることになる。

 

忙しい、忙しいと言っても、早く治療できる人に比べると、それほど忙しいわけではなく、収入も少ない、本来ならもっと治療効率を高め、短時間で治療できるようにしなくてはいけない。一個、五円のネジを1日に1000個がやっとの職人が、1日に1万個作れるベテランの職人に、そんなに早い仕事はろくなものではないと批判できまい。ただ技術が劣っているだけで、もっと早くできるように修練すれば、給料も増える。同じことが歯科医にも言え、早い治療というのも臨床技術の一つであり、特に若いうちは体力のあるので、どんどん治療をして、早い治療をできるようにすべきであり、忙しいと言って断るのは勿体ない。私自身も、大学にいたときは一人の患者に1時間、1日に4名くらいしかみていなかったが、今は15分、観察も入れれば1日に40名くらいは可能である。診療内容はむしろ上がっていて、こうした技術というのは、あるレベルまではどんどん早くなり、かつ内容も落ちない。

 

忙しいと断るのは簡単であるが、忙しくても受けてみれば、いい経験になることもあるし、能力も高まる。ただ私のように引退間近な年配の先生は、忙しいという言い訳は許してほしい。体力、精神的に疲れている。



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