2011年8月18日木曜日

床矯正治療2


 前回、床矯正歯科の問題点について私見を述べましたが、これに関する最もまとまった論文はクインテッセンス誌に掲載された新潟の関崎和夫先生のもの(叢生治療の現在:下顎歯列弓拡大について、上顎歯列弓拡大を考える)ですが、結論としては下顎歯列の拡大は後戻りしやすい、床矯正治療単独で治療は難しい、長期の咬合管理が必要だというものでした。口唇の突出感についてはどう考えるかといった矯正歯科医からの非難もあろうかと思いますが、真面目に床矯正に取り組んで姿勢には感心いたしました。

 今、最も問題になっているのは、床矯正治療うんぬんという問題よりはその宣伝手法にあります。「早期に治療を開始すれば、装置の数も少なく費用も時間もかかりません」といって治療を勧めます。装置1個の費用は数万円ですのでから、確かに一般の矯正治療費に比べてはるかに安くつきます。大事になる前に早めに治せば、簡単に治せるであろうし、費用も安くすむはずと患者さんが考えても全く不思議ではありません。

 ところが実際はそうはうまくいかず、何度も作り直しをする、本人が装置を使わない、この装置だけでは治らないといったことが起こることは十分に予測できます。少なくとも何回かは装置を作り直さなければいけないと思いますし、マルチブラケット装置で治さなればいけない場合もあり、当然別途に費用はかかっていきます。だいたい医療の分野で1個3万円といった物を売るようなやり方には違和感がありますし、私自身こういった安売り矯正治療を宣伝している歯科医院でまともな治療をしているところはないと思います。

 ガンの治療費に例えれば、A病院では5万円、B病院では50万円としましょう。単にA病院の方が安いからとそちらで手術を受けるでしょうか。そうではないでしょう。よく調べてから決めると思います。実際、安いからと歯科医院の言われるまま、治療を受ける患者さん側にも責任はあると思います。また治療の良し悪しについては、患者さん、歯科医師とも考えが違うため、それによる齟齬も発生します。例えば、今のかみ合わせが理想的なものの40%とします。我々矯正歯科医は100%を目標にします(実際には90%)。ただ患者さんによっては60%くらいでよいと考える(でこぼこがあっても反対咬合が治れば良い)もいます。一方、せっかく治療するなら完全に治したいと考える患者さんもいます。床矯正治療をする先生の多くは、この60%くらいで良しとする先生でしょう。前より少しでも良くなればいいやと考える親御さんにとっては、床矯正治療はいい治療法かもしれませんが、理想的な結果を求めるなら、おそらく失望することでしょう。ましては成人患者の多くは、理想的な治療結果を求めて来院されることと、治療法がマルチブラケット法主体なため、こういった床矯正治療中心の歯科医院での治療は勧められません。医学の進歩により前の治療法よりはるかに簡単で、安価に治療できるようになることはあります。しかしながら80年前の治療法を使い、最新の治療より簡便でよい治療結果を得ることは絶対にありません。もしあり得るなら、その方法がすでに標準的な治療法として世界中に広まっているからです。

 さらにこれが一番の問題ですが、どうして歯科医がこういった治療法に飛びつくかと言えば、特別な技術習得、設備投資、高額な矯正器材の購入なしで、矯正治療を始められるからです。マルチブラケット法を勉強するには、大変な手間がかかりますし、器材も購入しなくてはいけませんが、床矯正治療は患者さんの口の型をとり、それを技工所に送り、床矯正装置を作って、装着すれば終了です。標準的な床矯正装置で技工料は1万円以下なので、治療費との差額がもうけとなるわけです。床矯正治療を行う歯科医は少なくとも、マルチブラケット装置による小臼歯抜歯ケースをある程度できる、あるいはそうすることが出来る体制(矯正歯科医を雇う)を作っておかないと、後々患者さんからのクレームとなります。

 世の中、安い、簡単という言葉が主流になっています。そういった時勢の中で、床矯正治療ももてはやされているのでしょうが、「安物買いの銭失い」の格言通り、そんなにおいしい話はないものです。

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