2020年12月3日木曜日

明鏡欄 ”西が上の弘前観光マップ” 補足説明

 

この方向の地図が一番見やすい

本日の東奥日報の明鏡欄に“西が上の弘前観光マップ”と題した文を載せた。弘前の町で、これまで何度か、地図を片手の道に迷っている観光客に遭遇し、道を教えることがあったが、どうも従来の北が上となる地図では説明しにくかった。例えば、弘前駅西口から降りて駅前の広場に到着したとしよう。晴れた日ならまず目に付く岩木山が前方にあり、駅前からの道もその方向に向かっている。ここで観光マップを開くと、岩木山はマップの左にあり、両者を一致させるには、マップを右に90度回転させる必要がある。もちろん文字も全て90度回転する。この状態で、目的地に探すのは非常に難しく、同じことは土手町でも弘前城周辺でもこうした問題が起こる。というのは、弘前市に住んでいる市民も、外から来る観光客も岩木山、弘前城方向を上にみるのが自然な感覚であるからだ。

 

これはどういうことかと言えば、推測であるが、もともと岩木山と十和田湖を軸として、弘前城の建設場所を設定し、そこに縦横の道を作ったと思われる。完全な碁盤の目ではないが、基本的には弘前城を中心に東西の道を決め、それに対して南北の道を作った。それゆえ、今のようにビルがない江戸時代では、この東西の道からは必ず岩木山を眺めることができ、その方向に歩いて行くことになる。ちなみに弘前駅と岩木山山頂を結んだ直線上に弘前城の旧天守があり、弘前駅を作るときにはそうした方位も検討されたのかもしれない。さらに言うならその先には十和田湖があり、さらに弘前藩主、津軽家の本貫のある岩手県の久慈までつながる。

 

こうした方位を中心として城下町を解析する手法は「近世城下町の設計技法 視軸と神秘的な三角形の秘密」(高見敞志著)などにも書かれているが、城下町を作る際には適当に作ったわけではなく、かなり方位を研究して作ったものと思われる。そうした事情を考えると、弘前市においても北を上とする地図よりは西を上とする地図の方が皮膚感覚としてはしっくり行く。

 

江戸時代の古絵図の上下を決定することは難しく、特に上下を決めていないと思われる絵図の多いが、一応、説明文、題が書かれていれば、その方向で上下左右を決定することにすると、正保元年(1644)の津軽弘前城之図では南が上となっている。慶安二年(1650)の弘前古御絵図および貞享二年(1685)の弘前并近郷之御絵図で地図の上下は不明であるが、年代不明の弘前御城下町割屋敷割では西が上、寛文13年(1673)の弘前中惣屋敷絵図では西が上、延宝5年(1677)の弘前惣御絵図では西が上、時代は下がるが明治二年弘前絵図(1868)も西が上となっている。北極星を北とする近代地図が一般化される明治まで、明らかに北を上にした弘前の地図はない。明治以降も、例えば明治26年(1893)の弘前市実地明細絵図では、中心部の建物を紹介する際に分かりやすさを求めたのか、西を上にした地図となっている。吉田初三郎が昭和10年に製作した弘前鳥瞰図は変わった方位となっており、東南方向を上にデフォルメしたものとなっている。これ以外にも多くの絵図があるが、個人的には西を上にした絵図が一番しっくりくるように思える。とりわけ古絵図を片手の町探索の絵図としては、詳細な絵図である弘前中惣屋敷絵図、弘前惣御絵図、明治二年弘前絵図などが参考になり、これらの絵図では解説文や題から西が上となっており、その方向に沿った観光マップを作って欲しい。

 

弘前は戦災がなかったところのため、江戸時代の街並み、特に道路は保存されている。そのため、古地図をアプリでスマホに入れられるなら、それを見ながら現在の弘前の街歩きができる。すでに弘前中惣屋敷絵図、弘前惣御絵図、明治二年弘前絵図はデジタル化されており、それをスマホにあげるアプリを製作すれば良い。もちろん古い地図のため著作権はなく、デジタル化も青森県がしたので、デジタルデータの著作権も問題ない(明治二年絵図のデジタル著作権はすでに放棄している)。新たな観光ツールとしてこうした古絵図を用いる方法も検討して欲しい。

2020年12月2日水曜日

マウスピース矯正の問題点

 


 一般歯科で、矯正治療をする際の大きな障壁は、まずセファロレントゲンを用いた検査、分析である。セファロレントゲンとは横顔を規格した大きさで撮影したレントゲン写真で、上下の顎の関係、歯の傾きなど、これを分析して調べる。ここが、最初の大きな躓きとなる。通常の歯科矯正のコースでは、このセファロのトレースに最低2日間、大学矯正歯科での新入医局員の研修では1ヶ月くらいかかる。さらに正しい分析、そして診断をするためには少なくとも五年以上かかる。またセファロレントゲンを撮影できる機器は特殊な機器のため、通常のパントモ線写真を撮る機器より高価で、場所もとる。そうしたことから、一般歯科でセファロレントゲンを設置しているところは少ない。特にレントゲンフィルムが全盛だった30年前までは、パントモX線写真撮影機と価格差が少なかったので、青森でもセファロレントゲン撮影機器を持つ開業医は多い。ただ最近、開業する先生はCT撮影機を持っていてもセファロレントゲン撮影機器を持つところはかなり少ない。CTでも広い範囲で撮れるものは、セファロレントゲンの代わりができるが、撮影範囲の狭いCTでは矯正治療のための分析はできない。


 次の大きな障壁は、マルチブラケット装置である。歯一本ごとにブラケットと呼ばれる矯正装置をつけてワイヤーの力を利用して歯を動かす装置で、矯正治療におけるメインの装置である。種々のテクニックがあるが、少なくとも習得には3年間、抵抗なくできるようになるには10年間、フルタイムでの治療が必要である。具体的な数値で言えば、治療終了ケースが200症例以上は必要であろう。矯正専門医のレベルで言えば、1000 症例以上が必要となる。一般開業医では、小児矯正も含めて年間で矯正患者は20-30名くらいであり、そのうちマルチブラケット装置を入れて終了する症例はせいぜい数例であろう。200症例以上、あるいは1000症例以上の終了するのはかなり難しい。結局、マルチブラケット装置はできないということとなり、最近では、こうした訳で一般歯科医向けのマルチブラケット装置の講習会も少なくなった。


 セファロ機器、その分析、診断、およびマルチブラケット装置のために、長い間、矯正治療は一般歯科ではできないものとされ、特に成人患者の矯正治療をする歯科医院は非常に少なかった。ところがここ数年、デジタル機器で口の印象をとる光学スキャナーが開発され、かなり値段も安くなった。さらにこれを用いてのCADCAMシステムによるハイブリットレジン冠が保険適用となり、急速に普及してきた。特にTRIOSという機器は、従来のスキャナーに比べて高い性能を持ち、口の型をとるためにあの嫌な思いをなくすことができる。ただ実際は、ハイブリットレジン冠の適用はそれほど多くなく、他の活用として上がったのがマウスピースタイプの矯正治療である。インビザラインを始め、多くの会社ができているが、基本的にはこのデジタル光学スキャナーで口の型をとるだけで、自動的に理想の歯並びまで少しずつ(0.2mm)変化させた40くらいのマウスピースを作られ、それを患者に渡すだけである。2、3ヶ月に一度、歯科医院で適合が治療の進み方をチェックするだけで、歯科医側の負担がほとんどなく、230万円の技工料に儲けを上乗せすれば、稼げるので楽である。中には100万円以上、上乗せしている歯科医院もある。マウスピースタイプの矯正治療では、セファロレントゲンによる検査をしない場合が多く、上下の顎の関係や、歯の傾きを一切無視して、機械的に理想の噛み合わせまで計画して装置を作る。とりわけ抜歯の治療では、マウスピースタイプの矯正治療では、失敗も多く、かなり細かなテクニックが必要なため、非抜歯での治療をすることが多い。

 

 こうしたマウスピースタイプの矯正装置は、アメリカのインビザライン社で始められ、当初は矯正専門医のみが講習会に参加できたが、数年前から一般歯科医の参加も認められ、いまでは受講者の80%以上が一般歯科医で、さらに多くのより安価なマウスピースタイプの矯正装置も現れている。マウスピース矯正のみを行う一般歯科医は、歯科矯正を特段に勉強をした訳ではなく、セフォロ分析など一般的な矯正検査をしていない、さらにマルチブラケット装置による治療テクニックも知らないためマウスピースタイプの矯正治療でうまくいかない場合はお手上げとなる。非常にリスクが高い。さらに言えば、セファロ分析なしで矯正治療を始め、治療を失敗すれば、仮に訴訟された場合はかなり不利となる。特にインビザラインは薬機法対象外のものだけに、その使用にはより慎重な配慮と説明を必要とする。

 

 マウスピース矯正に関しては、急速に広まったのはここ数年で、患者によるクレームは、1。面倒で使わなくなった、2。頑張って使っているのに治らない、3。治療結果に満足できない となる。1でも患者のせいにすることはできず、本人の協力を必要としない他の治療法、マルチブラケット装置による治療を勧めるべきである。2。についても治療法の工夫や同じくマルチブラケット装置への転換を必要とすることもあろう。問題は3であり、多くは口元が思ったより入っていないというクレームが多い。個人的な感想で言えば、特にでこぼこの患者では口元の突出感を併合しているケースが多く、小臼歯を抜歯してでこぼこの解消と同時に歯を中に入れて口元を入れるケースが非常に多い。おそらく70%以上だと思われる。こうしたケースに、多少、歯を削って小さくしたとしても非抜歯では口元を入れることができず、多くのケースで、その治療結果に不満が出る。もちろんこうしたことはマルチブラケット装置でも非抜歯で治療して、同じ不満が出ることがあるが、そうした場合は抜歯して治療を継続すればよい。もちろんマウスピース矯正でも抜歯による可能であるが、大概の場合は拒否され、そのままになっているようである。

 

 さらに問題となるのは、マウスピース矯正では、歯科医は患者を直接治療しなくても良いために、多くの患者を取り扱える。知人のM先生は、優秀な矯正歯科医で、日本でも最初にインビザラインを導入した先生である。最初は自分で装置を入れて試していたが、その内、自院でも治療の開始し、さらに患者が増えると、他院での治療を監修するようになり、今ではマウスピース治療のオーガナイザーとなっている。例えば、マウスピース矯正と直接対決する、見えない矯正、舌側矯正では、テクニックが表側に装置をつける方法より複雑で、一人の治療時間も最低30分、先生によっては1時間とる先生もいる。当然、年間で見られる患者数は決まってしまい、医院を拡張するためには、多くの矯正歯科医を雇う必要がある。一方、インビザラインでは、医院でのドクターのチェックはものの5分もあればいけるので、一人のドクターで年間に1000名以上の患者を見ることが可能で、能率が良い。手っ取り早く稼げるにはいい方法であるが、2、3年後には多くのクレームを抱えることになる。


 以上、マウスピース矯正をする場合でも、少なくともセファロ分析がなされていること、治らない場合でもマルチブラケット法でカバーできる医院での治療をお勧めする。


2020年11月23日月曜日

城西尋常小学校、時敏尋常小学校 卒業写真(明治および大正)

明治36年 時敏尋常小学校
 
大正8年 城西尋常小学校


 以前、ヤフオクで安価で購入した、明治から大正時代の卒業写真のうち、徳島県那賀郡立那賀実科高等女学校の卒業写真については、このブログで紹介した。それ以外の弘前市の城西尋常小学校と時敏尋常小学校の写真については、まだ説明していなかった。

 

 弘前のコロナ問題もようやく収束してきたので、本当に久しぶりに弘前図書館に行ってきた。四人がけの椅子に一人、1時間以内という厳しい条件で入場規制を行っていたが、普段から二階の資料室はそれほど人が多くないので、あまり変わらない。今回の目的は、ヤフオクで入手した写真の年代確認である。時敏尋常小学校の写真裏には、「時敏尋常小学校 第 回卒業生一同 及び職員一同写影 明治三十六年四月二十三日釜萢清蔵 謹写」の記載がある。西洋風の校舎の正面で撮影された写真の上段の真ん中には初代校長の中川寛蔵の姿がある。少し斜めを向きタキシードを着た人物である。明治194月に初代校長となり、明治443月まで校長を務めた。この西洋風の校舎は明治21年に下白銀町にできたもので、柱も西洋風の白いモダンな建物であった。明治36年当時の生徒数は455名で、学級数は8組であった。この卒業写真には男子42名、女子51名の計93名の生徒が写っている。他には男性教師、職員5名と女性教師2名がいる。時敏尋常小学校の卒業写真はこれ一枚である。

 

 城西尋常小学校の卒業写真は6枚ある。4枚については裏に撮影年月日が記入されている。一番古いのは「大正八年三月二十一日 卒業式 葛原岳一 卒業生一同 男 受持 健部武郎 女 受持 土谷先生 校長 白取千代次郎」の記載がある。白取千代次郎は7代目の校長で、明治36年から大正8年まで、在職したので、この写真は在任最後の年である。校舎は明治からの古い校舎である。残りの撮影年月日の記載されている写真は3枚で、いずれも真新しい校舎の前で撮影され、「大正十三年三月十七日 卒業記念撮影」、「大正十四年三月二十九日 卒業生一同」、「大正十四年三月 正夫城西小学校卒業記念撮影」の記載があり、写真の真ん中には当時の校長、外崎日出城の姿が見られる。外崎は大正10年から14年まで城西尋常小学校の校長であったので、この記載は正しい。残り二枚の写真には記載がないので、ここからは推測である。


 一枚の写真には古い校舎前の卒業写真で真ん中には外崎校長の姿が見られる。城西尋常小学校は大正1212月に新校舎を建てたので、この写真はそれ以前のものである。となると外崎校長の在職期間は大正104月から143月なので、この卒業写真は大正11年か12年の3月となる。もう一つの記載のない写真には、上段真ん中に少しいかついヒゲの男性がいる。“城西小学校百年史”を見ると、この人物は6代校長の長尾克己である。在職期間は明治33年から35年なので、この卒業写真は明治34年か353月の卒業写真であると推測される。男子は51名、女子は32名で、時敏尋常小学校より男子の割合が高い。また教師、職員7名は全て男性である。入り口、右には“外靴で入るべからず”の木板が掲げられている。多分、下駄を脱いで学校に入ったのだろう。同時期の時敏尋常小学校と城西尋常小学校の卒業写真を見ると、時敏の方が、女の子がおしゃれで可愛い髪飾りをしている女子が多いが、城西は少ない。校区により経済状態が多少違うのだろう。また明治30年代の卒業写真の女子はほとんど稚児髷であるが、大正になるとほとんどそうした髪型の少女はおらず、流行の移り変わりは早い。


できればこの卒業写真は城西小学校、時敏小学校に寄贈したいと考えているが、寄贈を受け入れていただければ、ご連絡をお待ちしている。


大正13年 城西尋常小学校

明治35年頃 城西尋常小学校







2020年11月17日火曜日

成人の矯正患者さんが増えています


 今年は、10歳以下の患者さんは、最後まで面倒を見きれない可能性もあるため、治療をお断りしています。というのは例えば、6歳で反対咬合のために、来院されたとします、前歯部が萌出する7、8歳頃からリンガルアーチ、セクショナルアーチによる前歯部のかみ合わせの改善を行い、最終的には成長を終了した高校生頃にマルチブラケット装置による仕上げの治療を行います。その後の保定も含めて10年以上の矯正管理が必要となります。今から10年、その頃までには引退したいと思っていますので、年少の患者さんについては、一般歯科からの先生の紹介も含めて来院をお断りしています。これには料金体系も関係しており、矯正治療は請負制なので、一度、受け入れれば、最後までの料金をいただいているので、責任を持って治療をしなくてはいけないからです。ただ唇顎口蓋裂の患者さんについては健康保険の対象で、最後は他の矯正歯科医に任せることができますので、引き続き、年少の患者さんも受け付けています。

 

 地方の矯正歯科医院では、成人より子供の患者さんが多く、私のところでも、これまで7割くらいは子供の患者さんですので、10歳以下の患者さんを断るのは、かなりの患者減少になると予想していました。また紹介いただく一般歯科の先生にも返書にそうした理由を書いたため、最近では10歳以下の患者さんの紹介はなくなりました。今年は、新型コロナウイルスの関係と子供患者の減少で、経営的にかなり厳しいと覚悟していました。ところが、成人の患者さんが例年より増え、結構忙しい状態が続いています。

 

 こうした成人患者の最近の増加は、私の診療所だけでなく、知っているだけで、北海道、仙台、福島、新潟、鹿児島の先生もそう言っており、これは全国的な傾向かもしれません。ただ大阪、東京の先生はそれほどではないというので、大都市以外の傾向かもしれません。患者さんに聞くと、今はどこに行くのにも、マスクをつけているので、であれば、矯正治療を今のうちに直し、2、3年後にマスクを外す時期になった時に綺麗な歯並びのなっていたいと言います。確かに、マスク生活下では、目に化粧の重点を移し、口元は口紅もつけないと言います。マスク美人という言葉もあり、マスクをつけていると美人だが、マスクを外すとそうでないとニュアンスを含みます。マスクを外して、目元、口元ともに美人になりたいという人が多いのでしょう。実は、都会では数年前から、成人矯正は大きなブームで、子供の頃できなかった歯列矯正を大人になってしたいと人が一気に増えました。ある雑誌で特集した“人生の中でやりたいことリスト100”の中にも矯正治療が入っているほどです。こうした大都市での流行が、新型コロナウイルス問題で地方にも広がったようです。

 

 ただ心配なのは、成人矯正が増えるのはいいのですが、それが通院、診療のあまりいらないマウスピース矯正(インビザラインなど)に向かうのは危険です。インビザラインについては薬事承認されていない製品であり、その適用にはかなり慎重になるべきで、患者さんからのクレームが多くあります。もちろんインビザラインも日々進歩していて、適用も広くなりましたが、非抜歯から抜歯の変更、ワイヤー矯正との併用、転換などが必要なこともあり、できれば矯正歯科専門医院で治療した方が良いし、あらかじめこうした点についても費用も含めて十分に説明を受けた方が良いと思います。


 

2020年11月8日日曜日

家での巣篭もりのお供 テレビ

 

左下は巣篭もりで作ったレゴのドカッティで、これは楽しめた。おすすめ


 弘前では、クラブ、スナックを起因として大規模なクラスターが起こり、なかなか収束しない。テレビで速報される毎日の感染者数に驚き、外出するのも躊躇してしまう。家と診療所だけの往復で、たまに家内と一緒に、ご飯の買い物に出るのが楽しみである。

 

 4月頃だったが、定額給付金で一人10万円、夫婦で20万円の特別定額給付金をもらえるというニュースがあった。その際、今見ているテレビは、購入してすでに13年以上になるので、思い切って給付金を使ってテレビを買うことにした。テレビ好きな私と家内にとって、テレビほど活用する家電はなく、思い切ってこれまで高くて手が出なかった有機ELテレビを検討した。というのは、映画が好きで、よく見るが、夜のベッドで恋人たちがゴソゴソしている暗い画面が液晶では全く見えないからである。肝心な部分が見えないのは腹立たしいことで、有機ELの方がこうした黒の画像表現に優れているという。

 

 近くのヤマダ電気に行き、最初はパナソニックの55型有機ELテレビを買おうとしたが、この機種は生産が少なく、入荷に日数がかかるとのことであった。そこで価格が高いが65型のGZ2000を勧められた。なんでも数々の家電大賞をとったテレビで、今販売されているテレビの最高峰という。4月頃はコロナ騒ぎで、電気屋もガラガラで、店員さんも何とか実績を上げるために、値引き攻勢で攻められ、かなり値引きした上に、ほぼ2TBのハードディスクをタダにしてもらい、セットで購入した。

 

 さすがにこのテレビは素晴らしく、特に4K画面は本当に綺麗で、たまに放送されるバレエや歌劇の放送には息を飲む。またパナソニックの宣伝通り、音抜けもテレビ設定に合わされているので、オーディオ機器をテレビにくっつけるより、はるかに聴きやすい。夜のシーンもバッチリと見られて、満足している。さらに素晴らしいのは、ネットとの接合で、ネットフリックやYou-tubeと簡単な操作ですぐに接続でき、これまでのチャンネル番組以外の新たなテレビの活用ができるようになった。すぐにネットフリックに登録し、“愛の不時着”、“裸監督”などを楽しんでいる。また65型で見るyou-tubeもコンピューターで見るのと迫力がまったく違い、ふと気づくとチャンネル番組よりこうしたネット配信のものを見る時間が長い。検索機能の入力には時間がかかるが、音声入力も優れていて、テレビに向かった叫ぶことがしばしばあり、滑稽である。

 

 私がヤマダ電機に行ったのは4月だったので、人が少なかったが、その後、5月になると特別給付金でテレビを買おうと思ったお客が多く、電気屋に行ったうちの従業員に聞くと、ごった返し、値引きも少なかったという。多分、パナソニックのGZ2000は相当に売れたはずだし、買った方の満足度も高いと思う。以前、3D、立体に見えるテレビが登場して、一部、番組でも3D放送が行われていたが、いつの間にか下火になった。4K放送もまだ一部であり、テレビのリモコンには4Kのボタンがあり、そこを押すと6社くらい放送局の番組をしており、大部分はBS放送で兼ねている。ただ映画などは明らかに4K放送の方が明るく綺麗で、“男はつらいよ”などは、もっぱら4K放送で見ている。

 

 将来的には少しずつ巣篭もり状態も解消されてくると思うが、それでもテレビは娯楽の王様であり、4K、8Kが今後とも主力になっていくのは間違いない。私の家では、ソフトバンクエアーを使っているが、5G普及がさらに進むと、こうしたワイヤレス置き型WiFiも光通信なみの速さになり、4K8Kのネット配信も安く、見られるだろう。また最近のカメラでは4Kの動画撮影もできるため、ネットの配信はますます高精度のものになろう。3Dテレビより高精度の4K8Kの映像の方がよほど立体的に見えるから不思議である。おそらく将来的には、ソフトバンクエアーのようなワイヤレス置き型WiFiが、5Gで月に3000円くらいなら全世帯に普及し、そうした暁にはモニター代わりの大型のテレビが一家の主力となり、仕事、教育、買い物、さらには医療の一部もほとんど、このテレビでできるような日が来るのだろうとコロナ問題の最中に思った。

 


2020年11月6日金曜日

新型コロナウイルス 弘前市の風水の綻び


 

東向きの北斗七星の柄杓の真ん中の二つの神社が消滅した


 弘前では新型コロナウイルスの感染が止まらない。10月のはじめ、繁華街、鍛冶町のクラブから発生したクラスターは、一次、二次、三次感染を発生し、すでに関連を全て入れると200名以上の感染者となっている。人口十万人あたりの感染者数では100名以上と思われ、東京都が300人であることを考えると、全国でも有数の感染地域となっている。10月までは感染者が0だっただけに、住民にとっては悪夢のような災難である。こうした大量のクラスターを起こした原因は、初動の対応、特にクラブ従業員の中に感染兆候が現れた時の保健所の対応が悪いと言われるが、今まで一人の感染者が出なかった油断もあったのだろう。こうした人為的なミスは確かにあったのだが、私自身は運が悪かったとしか言いようがない。いくら注意してもこの新型コロナウイルスは感染する可能性があり、私自身、かなり感染には気をつけているが、それでもいつ感染するかは運次第である。

 

 昔の人は、新型コロナウイルスのような疾患を疫病、厄災と呼び、お祓いをして清めた。ところが今回、弘前市ではこうした疫病、厄災から市民を守るねぷた祭りを結局しなかった。昔から続く祭りには意味があり、京都の祇園祭も同じような意味を持ち、今年は山鉾巡行こそ中止になったものの、“神籬による神幸祭”、“御幣による町内巡り”は例年通り行われ、町内の厄災を清めようとした。密集にならないように、隠れるように運行したが、それでもかなり本格的ものであった。ところが弘前では、ねぶたの本来の意味が失われ、観光エンターメント化して、市長が中止といえば、そのままねぶたを巡行しなかった。本来の意味を知れば、誰かゲリラ的運行もあるかと思ったが、結局、弘前城東(東地区町連合会ねぷた)以外、誰も運行せず、実に素直であった。城東の葛西敞さんはねぷた歴史の第一人者なので、意味を知り、敢えて行ったのだろう。


 弘前を風水で守る鉄壁の防御がここ数年で極めて弱くなっている。まず全国の東照宮でもかなり古く、1617年にできた弘前東照宮が2012年に破産し、さらに2015年には本殿も建物だけ他の場所に移され、完全に更地となった。北斗七星の真ん中を占める重要な拠点神社が完全に消失した。さらに禰宜町の江戸初期からある大杵根神社もいつの間にかなくなって更地になっていた。前から奥に隠れて目立たない神社であったが、何もなくなっているのには驚いた。ここも古い神社で、私の感覚からすれば、古い神社を平気で潰してばちが当たるとは思わないのだろうか。また新しくできた弘前レンガ倉庫美術館近くの稲荷神社、住吉神社の荒廃もひどい。北斗七星を形成する二つの神社がなくなり、一つは荒廃しており、風水の観点では東からの厄災には全く防御できなくなっている。防御は一番弱いところから崩れていき、その崩壊箇所が東であり、東から厄災の悪い気が流れ込んだ。

 

 こうしたオカルトめいたことを医者が書くというのは科学的ではないが、一方、郷土史の研究家としては、先人の築いた弘前の結界を容易に崩した最近の出来事にバチが当たったように思える。神社は日本人の自然信仰を体現する重要な場所であり、その設置には、何らかの風水あるいは意味を持たせた。人々は日照り、害虫、冷害などによる農作物被害を恐れ、神に祈った。こうした天災は人間の力ではどうしようもないからだ。また疫病、飢餓によって多くの人々が亡くなった時も神に祈った。そして村、地区の守護神として神社を作り、氏子を結成して大切に保存してきた。村には氏神様を祀った小さな神社があり、それを氏子の何名かの名義で保存してきたが、そうした村の有力者、氏子が亡くなると、その子供は“俺の名義の土地だから売って金をくれと”と言い出し、結局、神社の土地が人手に渡り、売られる例もある。一部の神主がいる神社は所有権がはっきりしているが、こうした小さい神社は村の共同保有である場合があり、村の共同体制が崩れると崩壊する。

 

 弘前での新型コロナウイルスの蔓延は、もちろんこうしたオカルト的なものによるものではない。ただお寺への墓参りは盛んであるが、さて神社の参拝というと正月くらいしかないのでなかろうか。私は、結構、神社にお参りに行く方で、自宅にも診療所にも小さな神棚があり、毎日、拝んでいる。大阪では、自宅や会社に神棚があるのは、ごく当たり前で、えべっさんの福笹などもここに飾る。今は一刻も早い新型コロナウイルスの終焉を祈っているが、どうも仏壇ではこういう訳には行かず、昔の家の多くは、仏壇と神棚が同時にあった。弘前の神社の衰退を見ると、こうした家庭での日常の祈りも減っているのだろう。残念である。

2020年11月4日水曜日

現代アートの額縁

 

たばたせいいち さんの絵本原画

タカノ綾さんの新作


 家の新築祝いや誕生祝いに絵をプレゼントする人も多いと思います。最近では、部屋も洋風になり、古臭いモチーフの絵よりは、現代絵画を選ぶ傾向があると思います。現代絵画は、従来の額縁に収まる絵からの脱却を図っているため、額縁なしでの展示を基本にしているものがあり、絵によってはキャンパスの側面にも図柄が描かれている作品があります。ただ絵の展示からすれば、額縁に入れておいた方が保管の点では優れており、また人にプレゼントするためには、やはり額縁をつけて贈った方が喜ばれます。

 

 私は、古い掛け軸が好きですが、診療所にはまさか掛け軸は飾れないので、現代絵画もどきのものを中心に飾っています。画廊などで飾っている現代絵画を見ると、白あるいは白木の立体額に浮かして飾っているようです。厚みのある額縁に額装マットを使わず、額縁内部の背面に絵を固定して使います。オークションで買った丸山直文さんのアクリル画の作品もそうした額に入っていましたが、ただ作品自体はそれほど厚い水彩紙に描かれていませんので、湿気を吸ってシワができています。できれば、額装マットを使った飾ったほうが保存には良いと思います。

 

 また額縁の色については、白もいいのですが、私は写真も飾れるため白木のものが好きです。白木の立体額に額装マットを使って展示しています。ほとんどの額縁は、「額縁のタカハシ」から買っています。安くて大きさも指定できるからです。前は立体額の19mmのものを使っていましたが、白木の種類がなくなり、今は7916希という23mmの立体額の白木のものを使っています。大きさにもよりますが額装マットも含めて3000-5000円くらいです。それほど高くはありません。部屋の中の額縁を全て白木の立体額に統一するのも、いいでしょう。

 

 上の写真は、最近亡くなった絵本作家、田畑晴一さんの“ダンプえんちょうやっつけた”の原画です(一枚は“だんち5階がぼくのうち”の原画です)。もともと字の入る場所は空欄ですが、どうも間が抜けているので、絵本から字の部分をコピーして貼っています。いずれもヤフーオークションで購入したものです。こうして5つの作品をまとめて並べると、白黒の絵ですが、楽しい雰囲気が出ます。気に入っています。

 

 下の写真は、ごく最近買ったタカノ綾さんの新作版画です。Kaikai kikiを扱うZingaroで購入したものです。店舗販売をせずにネット販売だけで、この作品も10分くらいで完売しました。ただその後、メルカリやヤフーオークションで転売事例がたくさんあることから、ファン以外の購入者も多かったのかもしれません。調べるとタカノ綾さんもかってほどの人気はないようで、少し画風が飽きられてきたのかもしれません。それでも日本人作家の中で海外でも知られた作家の一人で、今回の版画も50部という製作数には惹かれます。若い患者さんの多い私の診療所には似合っています。

 

 以前、フィンランドのイラストレータ、マッティ・ピックヤサムさんのイラスト原画が、神戸のMarkkaというお店で、6000-12000円くらいで売っていました。額縁も入れて10000-18000円くらいで、友人に贈ると大変喜ばれましたし、またアメリカの友人には、明治版画の楊州周園の作品をヤフオクで、1万円くらいで購入し、プレゼントしましたが、これも大変、喜ばれました。ヤフオクで“シルクスクリーン”などで検索すれば、比較的手頃な現代絵画の作品が見つかりますので、何かいいプレゼントと考えている人はご参考にしてください。