2019年7月21日日曜日

十九の春

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 川井龍介著“「19の春」を探して 歌に刻まれたもうひとつの戦後史”を読んだ。“ノーノー・ボーイ”(訳)、“大和コロニー”、“0122 けっぱれ深浦高校野球部”などの著者の本はすでに読んでいたが、この本は絶版になっていたので、今回、アマゾンに注文して読んだ。

 ノンフィクションの王道、関係者に会いに行き、インタビューをして、物語を作る、こうした手法により名曲「十九の春」のルーツを探りながら、奄美、沖縄を中心とする人々の暮らしと生き方を見事に描いている。

 私自身、この地域への思い出が多く、この本を読みながらいろんなことを思いだした。高校二年生の夏休み、それも八月の末ごろだったが、家庭教師をしている先生と一人旅のことが話題となり、したことがないというと、それでは今すぐに行ってこいということになり、母も同調したので、何もわからず、神戸から船に乗って42時間、着いたのが沖永良部島であった。船中で知り合った大学生のグループと仲良くなり、レンタカーであちこち行ったり、地元の女子高校生と一緒に泳いだり、彼女に家に呼ばれたり、懐かしい思い出である。その後、奄美大島にも行ったが、旅館のおばさんが自殺しないかと何度も様子を見に来て鬱陶しいので近所を歩いていると、どこかで盆踊りの音が聞こえる。9月に入っての盆踊りで驚き、曲も三沢あけみの島のブルースなどがかかっていた。その後、始業式から2,3日遅れて出席したが、小中高校で初めてのずる休みだった。なんとなく頭の中で三沢あけみの歌声がリフィレインする。その後、鹿児島大学歯学部に勤務していた時、1年間、4回ほど、奄美大島と鹿児島の間にある十島村の巡回診療をした。ここでは診療が終わってすることもなく、何度か地元の宴会に招かれた。沖縄ほどではないが、三味線と歌、踊りという流れとなった。賑やかな宴会で、男女とも酔うと踊る。鹿児島でも経験したことはない。曲は忘れたが、島唄であったことは間違いない。

 本の話に戻そう。著者とは先日、弘前で会ったが、同年齢で、育った時代も同じのために話題が合い、楽しい飲み会であった。本では“十九の春”の曲のルーツとして、ラッパ節、小川少尉の歌、さらにはノルマントン号沈没の歌などが出てきた。どこかで聞いた曲だと思い、調べると四年前のブログ(2015.3.7)に“日韓唱歌の源流”として安田寛先生の「すると彼らは新しい歌をうたった 日韓唱歌の源流」(音楽之友、1999)のことを書いており、そこで北朝鮮の軍歌とラッパ節などのYoutubeを添付していた。安田先生によれば江戸時代の日本人はファとシの音程がどうも崩れるようで、そのため賛美歌ではドレミソラの五音で構成した曲が取り上げられ、それが日本の唱歌のルーツになった。ところが琉球(沖縄)音階ではレとラを除いたドミファソシの五音となる。“十九の春”は、音階的にはファシ抜きの伝統的な本土の音階であり、歌詞も標準語で歌われていることから、多分本土から琉球に持ち込まれた曲であろう。ちなみに奄美音階は沖縄音階と異なり、ファシ抜きの本土音階となっている。越後民謡から発生した瞽女唄のメロディーが、津軽じょんがら節や十九の春につながり、さらには台湾や朝鮮にも広まった唄の伝播は、漁師、船員などの船乗りによるものであろうし、さらには東アジア人の原初的な、同じ人種間に流れる好感が関与しているのかもしれない。

2019年7月19日金曜日

京都のお座敷遊び



 知人が京都の祇園で、お座敷遊びを堪能したようで、四人で2時間のお遊び代が50万円以上すると聞いて驚いた。一人10万円以上、毎日通えば月に300万円、一年で3600万円、10年で3億六千万円。実際、贔屓になれば、これほど費用はかからないが、それでも同伴もあるし、心づけも多くなり、相当、金がかかる遊びであることは間違いない。誰がこうした遊びをするのだろうか。かって東京の永田町界隈には多くの料亭があり、政治家が密談したが、今ではそうした料亭も次々となくなっている。また今の大企業の社長といっても、多くはサラリーマン社長で、確かに役員としての給料は多いし、交際費も多いが、元々は新入社員から社長に登りつめただけであり、それまではそれほど給料も多くない。こうしたサラリーマン社長は、若い時から祇園でお座敷遊びはしていないし、社長になって、利用することがあっても、実際にそうした遊びが楽しいかわからない。さらに定年後はそうしたところに行ける金はない。また陶器や絵画を集めるような趣味もないだろう。昔のいわゆる金持ちの道楽、芸者遊びや骨董集めなど、金と暇、そして長い時間がかかるものについて、今は大企業のサラリーマン社長には全く関係ないものになっている。それではIT企業のオーナ社長など、自分の能力で金を稼いだ人物がこうした場所を利用するのか。外国人の接待にこうしたお座敷遊びを選ぶ場合もあろうが、回数からすればしれたもので、むしろ気の利いたフランス料理、イタリア料理あるいは創作日本料理などを選ぶであろう。それほど大した料理でもないものを食べ、芸者の踊りを見て数十万円の出費はいくら金持ちでも、贔屓にはならないだろう。つまりお座敷遊びをして大金を使う人は急速に減っているのだろう。私は63歳であるが、昔であれば50-60歳代がお座敷遊びのメインであったろうが、周りを見回してもそんな人はいない。

 40年ほど前であれば、女の子にマンションを買って、次々のおこずかいを与える人は周りにもいたが、そうした手合いも最近ではとんと聞かない。金がないのではなく、そうした面倒を背負いたくないのであろう。弘前でも鍛冶町という繁華街があるが、近年の凋落ぶりはひどい。20年前まではスナック、キャバレーやクラブなどもたくさんあったが、今はかなり少なくなり、居酒屋や食べ物屋に変わっている。この流れは全国中で起こっており、どこも若い人がスナックなどに行かなくなった。当然、その延長で京都に祇園にお座敷遊びをする人もおそらく激減していると思う。

 それでも京都だけはまだ芸者、舞妓さんもいる方で、それだけ利用があるのだろう。多分、水商売という範疇ではなく、一種の芸人になっており、何かの大きなパーティーの余興や、記念に呼ばれるのだろう。芸人であれば、人気の度合いで報酬も違うが、祇園の芸者さんでは、誰が来るかわからない場合でも、一定の費用がかかる。いわば祇園の芸者さんというブランド代なのだろう。芸人さんを出演料50万円でパーティーに呼ぶのに誰が来るかわからないことはあり得ないが、祇園ではそうしたことが許される。これはある意味すごいことだが、個人の遊びとして、お座敷遊びはもはや絶滅種であろう。

 津軽の手踊りは京都の方から見るといかにも下品ではあるが、芸人という観点から見れば貴賎の差はなく、私は三味線、歌い、太鼓も含めて津軽の手踊りに色気を感じる。

2019年7月14日日曜日

ヤフーオークションによる絵の購入 芳園? 西山翠嶂?

弁慶と牛若丸の図(芳園)


西山翠嶂「月下秋草図」

草の描き込みがうまい

 10年ほど前よりヤフーオークションにより絵や陶器を買うようになった。当時は、落札後、出品者とメールのやり取りをして、こちらから送金して買っていたが、今はネット上でカード取引ができるため非常に簡単になった。

 個人的には、絶対に偽物を買わないようにしているが、それでもオークションに出品されるもの、特に絵には偽物が多いため、かなり気をつけている。まず、1。有名な作家のものは買わない。 偽物作りを考えると、人々に知られる有名作家のものでなければ偽物を作る意味がない。素人にも知られる有名作家の名を出し、高い金額で偽物を売りつける、それが詐欺師のやり方である。それゆえ、誰も知らないような作家の偽物はないか、少ないといえよう。2。入札数の多い作品は避ける。 これも1と同じく、オークションを利用している人々は、有名作家に群がる傾向がある。また近年になって着目される作家に、どうしても入札が多くなる。伊藤若冲などは近年再評価されてきた作家であり、1の意味では偽物が少ないのかもしれないが、再評価を当て込み、同じよう構図の絵に若冲の落款、署名を書き込み可能性がある。3。高い作品は避ける
 万が一、偽物をつかまされてもリスクを減らすために、2万円以上のものは買わない。

 もちろん、落款や署名は本やネットで確認するが、全く無名の作者のものは比較すべき作品がネット上で公開されていない。私が集めている土屋嶺雪がそれで、初めて買った時、沖縄県立図書館に同じ頃の作品があったため、比較できたが、それ以外の作品は見当たらなかった。今では10点以上の作品を保有し、製作年代もある程度、分かるようになった。もちろんこうした無名作家の偽物は見たことがない。

 実は今回、初めて偽物の可能性が高い作品を二点購入した。一点は、芳園の署名の三幅の掛け軸である。芳園はシンシナティー美術館の方と一緒にここ数年、調査している画家である。今回の作品は追ってきた“芳園”のものとは画風が全く異なるし、落款も違うが、それでも署名は似ている。以前、同じような署名のものがあり、その時は題材が僧侶で、欲しくなかったので購入しなかったが、後の写真による調査で、それがこれまでネットで出た唯一の“芳園”の作品であった。こうしたこともあり、今回は偽物の可能性が高いが、一応、ものすごく安い金額(5000円くらい)で落札した。もう一つはたまたまネットサーフィンで見つけた西山翠嶂の作品である。西山翠嶂は文化勲章をもらった大正、昭和の京都画壇の大画家であり、とても本物が予算二万円以内で購入できる画家ではなく、1に反するため買わない。月下秋草図と題されたこの作品は、画面半分に風にそよぐ草を丁寧に書き込み、抜群にうまい。こうした細い線は一発で描くのはすごい技術と手間を要する。ただ落款は事典などに載るものと線の欠けなどが一部一致しないものの、ほぼ同じとみなされるが、署名が微妙に違う。二重箱に入った大型の掛け軸であったが、本物の可能性はどうかなあ。他の入札者もそう感じたのか、価格も上がらず結局、一万五千円くらいで落札できた。実際の絵を見ると工藝印刷ではなく、手書きのとても美しい作品で、この偽物を製作した画家は少なくとも日本画の十分な技術があったのだろう。豪華なもので、偽物であっても十分に楽しめる作品であり、ある意味、こうした巧妙な偽物が世に出ない世の中になったのは嬉しいことである。以前であれば、誰かに文化勲章をもらった偉い作家として高い値段で売っていたであろうし、この絵を見れば数十万円すると言われても納得する出来栄えである。

2019年7月8日月曜日

韓国はミニ日本



 半導体生産に不可欠な材料の日本から韓国への輸出規制に対して、日韓双方から声がうるさい。韓国の貿易の稼ぎ頭である半導体生産が万が一にも頓挫すれば、韓国経済は大打撃を受けるため、沈黙していた韓国政府もようやく重い腰を上げた。

 韓国というのは、現代(ヒュンダイ)やサムスン以外に世界的な会社はないという論が多く、日本からの輸入がなければ、韓国民も困るという声も大きい。ただ調べてみると、日本が得意とする分野にも韓国も肉薄してきている。

 例えば、楽器といえばヤマハ。ピアノやギターなど世界的なメーカーと日本人は勝手に思っているが、世界の三大ピアノといえば、スタインウエイ、ベーゼンドルファ、ベヒシュタインなどであり、ヤマハやカワイは一般向けのブランドであり、会社規模としてはSamickという韓国の会社の方が大きい。世界最大の楽器メーカーである。また建設機械では日本ではコマツやアメリカのキャタピラが世界的企業として知られているが、実は韓国の斗山インフラコア(ドウサン)が世界三位であり、コマツに迫っている。プリンターといえば、キャノン、エプソンが世界的に有名と思われているが、HP(ヒュレッドパッカード)が一位で、二位がサムソンとなっている。ただサムソンはHPに会社を売ったが。もちろんキャノンやエプソンより大きい。カメラといえば、キャノン、ニコンなど日本勢が強いのは当然であるは、一時はサムスンがペンタックスと技術提供し、ミラーレスカメラを大々的に売り出し、失敗した。価格が安く、世界的に話題になったが、流石に日本のカメラメーカーの牙城が崩せせず、撤退した。他にも日本が得意とする分野においてはその後追いを韓国メーカーはしている。そのため日本メーカーに比べて認知度は低いが、低価格、高性能で次第に大きくなった。文具でもパイロット、サクラやコクヨなどの日本メーカーが有名であるが、韓国の最大メーカーのモナミを知っている人は少ない。世界中に輸出されている。さらにアウトドアーメーカーではHelinoxは折りたたみ椅子の世界的なトップメーカーで、日本でも人気は高い。

 ただサントリーやニッカのようなウイスキーメーカーはないしアシックスやヨネックスのようなラケットメーカーもない。さらにビクセンやケンコーなどの望遠鏡メーカーもないし、ダイワ、シマノに匹敵する釣り具メーカーもないし、シマノのような自転車部品メーカーもない。時計に至っては、ロマンソンというわけのわからないメーカーがあるくらいで、セイコー、シチズン、カシオに匹敵するメーカーはない(かって韓国製も売れていたが、結局ムーブメントは日本製であった)。こうした国民生活には直接関係ない、趣味性の高いものについては、韓国には大きなメーカーがない。一方、携帯電話を含めて、韓国から日本への輸入で困るものはほとんどなく、輸入の多い石油化学中間原料や自動車部品にしても、韓国の過剰生産分を購入しているだけで、国内の増産や中国からの輸入を増やせば済む。

 韓国は、常に隣国の日本を模倣して発展してきた国である。世界的競争力を持つ電子部品、石油化学製品、鉄鋼などほとんどの産業が、日本企業との合弁で始まっており、こうした輸出規制以上に深刻な問題は、韓国企業がもはや日本からの知的、経済的支援が得られなくなったことである。あのサムスンとて、アップル、ソニーを超えた企業となり、すべて自主開発するとなると、まず3Dテレビで失敗、カメラ、プリンター事業の失敗、折りたたみスマホの頓挫など、ほとんどうまくいっていない。特に先行商品をパクる技術は、日本メーカーに逆にパクられ、サムスンの高級ミラーレスカメラの失敗、撤退を見て、ニコン、キャノン、オリンパスなどが参入してきた。サムスンが手を出してから日本企業は参入するようになったが、10ある企画のうち成功した1をパクられるのは効率が非常に悪く、もともと創造性の低い、韓国企業にとって、こうした状況に追い込まれるのは最も不得意である。安くて性能の良い製品を作る韓国企業のやり方は転換期を迎えており、そこに貿易規制などにより日韓の企業交流がストップすると、日本企業も足元の堅い欧米企業並みとなり、技術の流入が困難となる。日本企業と合弁して技術と金を引っ張ることはもはや難しく、こうした 流れこそ、韓国経済を締め付ける。

 今回の日本による輸出規制に対する対抗処置は韓国になく、恐らくは日韓の落とし所は、基金財団を作り、徴用工の範囲を絞り、韓国企業、韓国政府、日本企業、日本政府(残った慰安婦財団基金)が金を出すくらいしか解決法がない。慰安婦財団と同じやり方だが、今度韓国が約束を破ると国際的に言い訳は難しい。

2019年7月7日日曜日

セイコー ダイバーズウォッチ



 ロレックスのデイジャスト2を買ってから四年になるが、この季節、半袖の季節になると、どうしても時計をどこかにぶつけて傷がつく。長袖で時計を覆っていると、ぶつけてガツンと音がしても特に傷がつくこともないが、半袖で直に何かに当たるとすぐに傷がつく。以前、古いロレックスでは壁におもいっきりぶつけて風貌にヒビが入った。修理費が非常に高いので、この季節は気を使う。

 そこで半袖の季節、それも外出時につけて行けるようなサブの時計を探した。もちろん夏というと、ダイバーズウォッチである。もともとロレックスのダイバーズウォッチを好きで、2030年前、デパートに行っては眺めていた。当時は40万円くらいだったか、その頃、そんな金もなく、眺めていただけであった。4年ほど前に突如、ロレックスが欲しくて、いろんなデパートを回ったが、ダイバーズのようなスポーツタイプはほとんどなく、時計店ではノンデイトで確か70万円くらいだった。できれば8%のポイントがつく高島屋で買いたかったので、この時はデイジャスト2にした。その後も、ロレックスの価格は次第に上昇し、今では百万円近くなっている。

 これではサブの時計にならないので、10万円以下で、できれば5万円以下のダイバーズウォッチを探した。オメガやタグホイヤーなどの外国製はすぐに除外され、結論的にはシチズンかセイコーしか残らない。この中で、一番お得感があるのは、セイコープロスペックのダイバーズウォッチSBDC031 SUMOである。キャリパーは6R系(6R15)でまずまずで、この上はグランドセイコーになるが、自動巻のダイバーズはなく、クオーツとスプリングドライブしかなく、値段も予算をはるかに超える。また8系のキャリパーを使った同じプロスペックの02335万円近い。このSUMO6月から新型に変わり、風防がサファイアガラスに、駆動時間も70時間に伸びたが、値段は6万円から一気に85000円に値上がりした。旧型は20%以上値引きしているが、新型は値引きがなく、価格差は1/2近くになる。旧型の方が断然コストパーフォーマンスが高い。

 幸い近所の時計屋に旧型があったので、試しに装着してみると、デイジャスト2よりは若干大きいものの、装着感がよく、かっこいい。ベゼルの動きもいい。製造番号は7N15942017年の11月生産のようだ。時計マニアの中では、6R15搭載の4から6万円台のセイコーの中級時計が最も日本らしい真面目な時計と評価は高く、この時計とこれも廃盤になったアルピニストという時計が中でも評価は高い。おそらくはスイス製の2030万円のモデルに金属加工も含めて匹敵するもので、世界中からスイス時計を駆逐した日本製時計の真価をみるモデルと思われる。

 ついでに古い自動巻の時計を止めたままにしとくのは、何だか死んだようで、嫌な気がしたので、アマゾンでオートワインダーを注文した。6600円と安いが、なかなか高級感がある。古い二台をこれに入れて動かしている。定時で時間精度を調べてみると、ロレックスの1976年のオイスターパーペチュアル、2015年のデイジャスト2、2019年のセイコープロスペックでどれも機械式の自動巻きであるが、結果はどれも日差は数秒であった。素晴らしい。

2019年7月6日土曜日

My songs













 英語で”My songs”というと、自分の世代の曲、若い頃によく聞いた曲という意味となる。私の” My songs“というと1960年代から1980年代まで、年齢でいうと六歳くらいから三十歳くらいの独身時代に聞いた曲ということになる。結婚後もJazz, Classicやボサノバ、フレンチなどいろんな分野の曲を聞くが、どちらかというと古い曲を聞くことが多く、新作を聞くことはあまりない。My songsとは当然、時代を反映した新作でなくてはいけないので、1990年以降はカラオケで新しい曲をたまに歌うことがあっても、新作CDを買うことはほとんどない。

 最近は、保険請求のレセプトをコンピューターに打ち込むのは、本当に苦痛で、この2時間をどうすれば楽しくなれるか苦労する。今やっているのはレセプト入力のファイルメーカプロに画面の裏に、YouTubeを出し、昔の曲を聴いている。例えば、今、外国で流行りのJapanese City Popと検索すると、Matsubara Mikiの真夜中のドアやTakeuchi Mariaのプラスティックラブなどが出てくる。これを聴きながら、レセプトを書いていくのだが、一曲が終わる頃になるとYoutubeの右欄にいろんな曲が出てくるので、それを押してみる。すると今度は丸山圭子の“どうぞこのまま”となる。1976年、私のマイソングである。そうすると今度はペトロアンドカプリシャスの“別れに曲”の登場で、これは1971年で、中学三年生の頃の曲で、ラジオでよく聴いた。それが終わるとサーカスの”American Feeling”、おしゃれな曲で、確かどこかの航空会社のCM曲だった。1979年。海外旅行はそれほど珍しくはなくなったが、それでも恋人が海外にいる状況はカッコ良い。竹内まりやの“駅”、これは中森明菜が歌っていたが、後日、竹内まりあが歌った方がはるかにわかりやすい。すると突然、トワエモワの“ある日突然”となる。1969年で、中学二年生であったが、姉が山手女子短大のフォークソング部に所属して、アリスの堀内孝雄も知っていて、こうしたフォーク系の曲もラジオでよく聴いた。するとベッティー&クリスの“白い色は恋人の色”、これは懐かしい。同時代で、当時はこうした綺麗な曲が多かった。平山みきの“真夏の出来事”、こんな声の歌手はもういないなあ。西田佐知子の“アカシヤの雨がやむとき”、これは古いと思ったが、1969年で、綺麗な人という記憶がある。題名はずっと“アカシヤの雨に打たれて”と思っていた。

 まあこんな風に次々に連想ゲームのように歌が続いていき、最後は三橋美智也の“星屑の街”までいくことがある。新型のI-macは音質もそこそこ良いために最大音量で鳴らしている。こうして1960年代から1980年代のマイソングを聴いていくと、日本の音楽界において、ユーミン、山下達郎、桑田佳祐の存在は本当に大きい。彼らは、いまだに現役で、フアン層も10台から70歳台まで本当に広く、多くの名曲を生み出している。それと同時に何度もリバイバル作品があり、他の歌手によってもカバーされている。その結果、1980年代の曲もいまだに若い人にも覚えられている。昔の歌手は、歌手生命があり、割合現役時代は短く、40年間以上も現役で、ファン層も若い人から年配の方までいる歌手はいなかった。先の三人が初めてのケースであり、日本の音楽界の成熟を示す。最近ではこうした197080年代の日本のポップ曲が海外のクラブ音楽の流れで、脚光を浴び、世界的に注目されだした。Youtubeのおかげで家にいながら世界中の曲が聴けるため、こうしたことも起こったのだろう。

 My songsは聴いているうちに当時の時代まで感じることができ、不思議な感覚である。

2019年7月5日金曜日

変化した性に対する考え



 ここ2030年の変化として、一番強く感じるのは、男女の性差がかなり少なくなったことであろう。まず雇用均等法により、会社でも男女が均等に働けるようになった。法律ができた当初は、まだまだ男性優位のものであったが、最近では上司に女性がいるという会社はごく当たり前になったし、夫婦でも女性の方が、サラリーが高いケースも珍しくなくなった。寿退社という言葉の死語となり、結婚後も女の人が働くというのも普通となった。さらに家事や育児を手伝う男性も多くなり、女性より男性の方が、家事がかえってうまいという現象も起こっている。

 親父の時代、戦前から昭和40年頃まで、男性で料理や洗濯、掃除をする人はほとんどいなかった。男性は仕事をする人、女性は家で家事をする人と役割分担ができていた。これは共稼ぎ世帯でも、同様で、女性は外で仕事をし、家に帰るなり大急ぎで子供の世話や食事を作った。大変だったと思う。その後、家事と仕事の両立があまり大変なので、家事の一部、洗濯、風呂掃除、食事の片付けを旦那に頼むようなケースが出来てきたが、それでも旦那が料理を毎日作るようなケースはあまり知らない。私の場合も、独身時代は掃除や洗濯は自分でしていったが、結婚してからはそうしたことはほとんどない。同世代の男性の多くは同じようなものであろう。ところは私の子供の世代になると、旦那が掃除、料理をするのが、それほど珍しくなく、私の娘のところもそうだし、従業員のところの娘さん二人もそうである。共稼ぎで、早く帰った方が料理を作るようで、洗濯や掃除も分担して行なっている。

 こうした男女の違いが少なくなったことは、服装にもあらわれ、若い世代は別にしても、30歳以降になると女性のスカート着用率がかなり減る。ジーンズなどのパンツファッションが主体であり、今や病院での看護師さんの一般的なユニフォームはワンピースではなく、パンタロンとなっている。同様に女性下着もレースなどの華やかでセクシーなものよりはスポーティーなものが好まれてきている。またストキングも売り上げも年々減少し、生足の女性が多くなった。女性にすればストッキングを履くメリットがもはや見出せないのであろう。ハイヒール離れも進んでいるし、日本ではそうでないが、ヨーロッパでは化粧しない女性も多くなっている。また趣味の分野でも、かって男の趣味というのが存在したが、今では釣り、登山やカメラ、さらにはプラモデルや鉄道趣味などにも女性の進出が激しい。

 一方、女性らしいという言葉もなくなりつつあり、いい意味で女性は嘘をつかない、丁寧、優しい、きれいずきといった漠然としたイメージがあり、女性政治家などではそうした誠実なイメージを持っていたが、衆議院の豊田真由子さんの秘書への罵詈雑言でこうしたイメージは完全に消えた。近くの横断歩道を右折で突っ込むドライバーの多くは女性だし、郵便局の障害者用の駐車場に平気で車を止めるのも女性が多い。もちろん実態は男女、比率は同じなのだろうが、私のイメージとしては、女性はそうしたことがないと思っているだけなのだろう。

 もちろん男女の肉体的な性差はあるが、精神的な性差は急激に少なくなり、そうした中間型のゲイの方々の違和感も同時になくなってきた。ただ個人的に、最も恐れているのは、日本人男子の中性化、草食化である。欧米あるいはアジアでは、いまだに多くの男性は美容院ではなく、理髪店に行く。ところが若い日本人男子はほとんど美容院に行っているようで、簡単な化粧をしている人の多い。ありがたいことだが、街には暴走族もいないし、中学生同士の抗争というのもなくなった。清潔で、大人しくて若い男性が目立つが、どうであろうか。