2022年10月25日火曜日

1ドル360円の頃

 



アディダスのワールドカップ、これは高かった。






円安が進んでいる。ついこの前まで1ドル115円であったのが、あっという間に150円になった。30%近くの円安で、200円くらいまで円安になるという人もいる。私の子供の頃は1ドル360円の固定為替であったが、19732月から変動相場制となり、今のような日によって為替が変わる。

 

Iドルが360円であった当時、外国製のものは非常に高価で、なかなか買うことができなかった。1973年というと私が17歳、高校二年生まで、1ドル360円だったということになる。海外、特に欧米の製品は、舶来ものと呼ばれ、貴重なもので、大切にされた。具体的に我が家にあった舶来ものといえば、診療所にあったアメリカ、GE社の冷房機、親父のオメガの腕時計、ロックのレコード、レベル、モノグラムのプラモデル、アラジンのストーブ、親戚にもらったパーカーのボールペン、姉のバーバリーのマフラー、私のものといえば、まずリーのGパンとアディダスのサッカーシューズ。

 

サッカー部に入っていたので、最初はヤスダ、タチカワ、タイガーなどの国産のサッカーシューズを使っていたが、高校に入る頃になると無理をしてアディダスのサッカーシューズを買った。当時で一足、15000円くらいしていたから、今でいうなら3万円くらいの感じであった。箱を開けると独特な皮に匂いがしてこれが西ドイツの匂いかと思った。カンガルー皮の軽量のワールドカップというモデルは25000円以上した記憶がある。またジャージもウールでできた西ドイツ製のものもあったが、さすがに監督以外に着ている人はいなかった。

 

子供の頃、いとこの旦那がアメリカのマテルに勤めていて、姉にはバービー人形を兄と私には、レーシングカーなどをプレゼントしてくれた。解説書が英語なのがかっこよかった。レベルやモノグラムのプラモデルも日本のマルマンなどが扱っていたが、説明書は英語であった。

 

食料品では、まずコーラやファンタなどがアメリカのものだとしていたが、これは国内で作られたもので、ネッカフェのインスタントコーヒやバンホーテンのココアも初期は完全な輸入品であった。ワインなどは今では500円のフランスワインがあるが、昭和50年頃まで日本製の赤玉ワイン以外のフランス、イタリアのワインは非常に高くで、よほどのグルメでなければ、ワインなど飲んだことがない人が多かった。むしろ、高かったが、ウイスキー、とりわけジョニーウオーカーが日本では人気があった。赤でも1万円くらいしていた。手軽な輸入品としては、台湾バナナと天津甘栗が、人気があった。これも当時としては高かった。

 

カメラでは、ニコン、キャノンなどの日本製がライカ、コンタックスなどのドイツ製を席巻していたが、それでもやはりドイツ製、ライカという人がいて、またフィルムとなると、フジもいいのだが、発色の良いコダックのコダクローム、エクタクロームなどに人気があった。昭和40年頃になると、もはや舶来品でなければダメという商品はほとんどなく、国産品でもそこそこいい製品が出てきて、円安のため欧米に多く輸出された。特に繊維、衣料は品質が優れて安いのでアメリカで人気があったので、最初の貿易問題となった。

 

海外旅行となると、昭和40年くらいまでは、海外旅行した人は周りにおらず、パンナムの飛行機に乗るともらえたバックが、人気があったが、昭和40年以降はジャルパックという団体旅行で香港、ハワイ、欧米に行く人も多くなった。欧米の食費、滞在費が日本の数倍していて日本人旅行者は驚き、今とは全く逆の現象であった。

 

現在の円安傾向は、日本の製品が欧米の製品に劣っているのではなく、単なる日米の金利差と投機によるもので、かってのように1ドル360円まで上がることはない。仮に200円まで上がると、日本製品あるいは日本旅行のお得感は格別であり、貿易収支の黒字、そして円高となる。むしろ日本製は、中国製、韓国製とライバル関係となり、電化品、衣料、機械、車、全ての工業生産品が競争となる。値段による差がなくなれば、決して負ける相手ではない。一時は海外に生産拠点を移動した多くの会社も再び日本に戻ってくるし、昔に比べて相互関税が撤廃になっており、アメリカがインフレ、円が円安であれば、日本製の車をアメリカでは30%引で売ることになる。これは売れる。




2022年10月22日土曜日

アライン・テクノロジー社、スマイルダイレクトクラブの株価の暴落

アラインテクノロジー社の株価


スマイルダイレクトクラブの株価









アメリカにおいて、近年、最も成功した企業としてインビザライン社が挙げられ、株価も一時は急激な上昇をしていた。ところがここ数ヶ月、一気に株価は下がり、減少幅でも全米のランクインするくらいで、実に-72.%の減少となった。収益は前年度より増えていたが、その実態として特許訴訟していたStraumann社(ClearCorrect)と和解し、3500万ドル(52.5億円)が決算に組み込まれていた。それを除くと、それほど業績がいいわけでなく、それが株価の暴落につながった。またこの会社は訴訟が好きで、クリアコレクトに対して訴訟しただけでなく、他の同じような会社、例えばスマイルダイレクトクラブにも訴訟を起こしているが、一方、患者からの集団訴訟、反トラスト法違反として昨年、訴訟されたし、また株主からも訴訟されている。この患者、消費者からの訴訟は、深刻である。今はそうではないが、これまでアライン社は、自分の会社で販売しているデジタル印象、iteroしかインビザラインのツールとして受け付けておらず、これが治療費の高額を招いたとして集団訴訟を起こされている。もしこの訴訟に負けると。インビザラインの利用者の数から、歴史的な莫大な損害賠償金となる。くわしくはアメリカの集団訴訟で有名なHagens Berman法律事務所の訴訟をみてほしい。

https://www.hbsslaw.com/sites/default/files/case-downloads/invisalign/2021-07-30-amended-complaint.pdf

 

他にも近年、インビザライン社の多くの特許が切れたため、同じようなマウスピース矯正の会社が驚くほど出てきたことも原因の1つであり、また米中の貿易摩擦に伴い中国への進出ができず、収益が出なかったことも原因であろう。またアメリカでは利益が出ていても、前上がりに上昇曲線を描いていないと投資家からそっぽを向かれるため、こうした新しい会社には厳しい面がある。

 

ところがインビザライン社に和解金を払ったStraumann社の業績も、思わしくなく、株価も昨年の11月に比べて半分以下、また日本のサンキンの矯正部門を切り捨て、マウスピース矯正に参入した、デンツプライ・シロナも昨年5月では55.6ユーロであったが、今は29.31ユーロとこれもかなり下がっている。全体的にマウスピース矯正に参入した企業は軒並み株価を下げている。これは全体のパイが拡大したというより、パイ自体が縮小したか、固定化してしまったからなのだろう。患者数が増加せず、参入会社が増えれば、利益は減る。大体は、こうした理由なのだろう。さらにひどいのは歯科医を介さず、ショッピングセンターなどの店舗で商売していたSmile Direct Clubの株価は2019.10には21ドルだったのが、アライナー社の訴訟の影響もあり、最近は0.8ドルまで下がり、もうすぐ倒産であろう。

 

コロナ禍、私のところも含めて矯正患者、特に成人患者が増えた。ところがどの患者もぱっと見るとあまり凸凹がなく、矯正治療の必要性もあまり感じられなかったが、患者の要望として口元を引っ込めて欲しいという。マスク美人といわれるように、目元は化粧により綺麗になったが、どうもマスクを外すと、口元の突出感が気になるという。もちろんこうした軽度の叢生患者は最もマウスピース矯正の適用となるが、いざ口元を引っ込めたいとなると、ディスキングくらいではそれほど変化は少なく、やはり小臼歯の抜歯が必要で、そうなるとマウスピース矯正ではかなり難しくい。

 

先日、大阪で行われた日本矯正歯科学会の講演をオンラインで見ているが、その中で韓国の先生の矯正用アンカースクリューの症例が面白かった。日本と同じ軽度の叢生であるが、全症例、小臼歯を抜歯して、口元を後退させている。韓国でも矯正治療も目的がでこぼこの改善だけでなく、口元の改善も求めているのだろう。うちに来ているベトナム人の患者さん3名も口元の突出感が気になるようで、どうもアジア人自体、白人に比べて口元の突出感が気になり、非抜歯を中心としたマウスピース矯正は、アジア人には向いておらず、それも当初の目論見と違ってアライン社の売り上げが鈍化した理由だと思う。

 

鹿児島大学の同門会、あるいは日本臨床矯正歯科医会の会員のアンケートを見ても、全患者の5−10%がインビザラインの患者で、それ以外はワイヤー矯正の患者という。反対咬合患者や、口元が出ていない軽い叢生患者など、適用を絞っていくと、これくらいの割合になるのであろう。アライン社やそれに類した会社の思惑は、この5%が将来、90%になることを夢見たのであろうが、今のところそれは無理だと思われるし、今後もそれほど増えないように思われる。

 

おそらく雨後の筍のように出現した多くのマウスピース矯正の会社も、あと1、2年で潰れていくであろうし、本丸のアライン・テクノロジー社のみがかろうじて残り、他はダメになりそうである。世間ではマウスピース矯正が全盛であるが、株価から見ると、もう将来性はないようである。どこかで線引きがなされると思うが、一部の矯正歯科医院では、インビザラインとワイヤー矯正、あるいはリンガル矯正が主体となり、大部分の矯正歯科医院ではこれまで通り、ワイヤー矯正が主体となり、リンガル矯正が少なくなって、インビザラインがその代わりになるように思える。一般歯科でのインビザライン、マウスピース矯正は、アメリカのスマイルダイレクトクラブの凋落と同様に、どこかで廃れていくだろう。患者からすれば、同じ料金を払うなら、矯正専門医で見てもらうだろう。







 

2022年10月19日水曜日

ナンシー関

 



ナンシー関については、噂を聞いたり、週刊誌で記事を見たことがあったが、それほど気に留めず、もちろんファンではなかった。ところが2002年に亡くなり、すでに20年たつが、いまだにナンシー関のことが雑誌や本で取り上げられ、ついには生誕60年、没後20年を記念して「超傑作選 ナンシー関リターンズ」(世界文化社、2022)が発刊されている。根強いファンがいるのだろう。

 

私が最も驚いたのは没後十年に出版された「評伝 ナンシー関」(横田増生、朝日新聞社2012)で、通常、評伝となると、例えば昨年読んだ「児玉源太郎」(長南政義、作品社、2019)のような偉人あるいは、俳優で言えば、原節子、三船敏郎など名優があげられ、たとえ、一部の熱烈なファンがいてもナンシー関の評伝はあり得ない。もちろん一番驚いているのは亡くなったナンシー関自身で、自分の評伝が没後に出るとはこれっぽっちも思っていなかったであろう。

 

ところがこの評伝が面白い。ナンシー関は39歳で亡くなったので、没後十年といえ、友人、関係者はほとんど生きており、また記憶も艶めかしく、それらが一緒になって、この評伝は深みがある。ナンシー関の人生と言えば、青森から上京し、消しゴム版画で名が売れ、その後、主としてテレビ評論として雑誌などで記事を書くが、テレビには滅多に出ることがなく、当時においても、一部の熱心なファンがいたとしても、日本人全体の認知度で言えば、10%はいかない、マイナーな存在であった。それでも330ページを超える評伝は、青森から上京したメガネをかけた太った女の子が、懸命に生きていき、少しずつであるが、成功し、そして突然、倒れる姿を見事に描いている。

 

普通に考えれば、ナンシー関自身も、330ページ以上の評伝になるほどの人生を歩んでいないし、エピソードもないと思うだろう。それでも細かいエピソード、これは没後、時が経つと忘れられる性質のものであるが、を積み重ねていくと、漠然とはあるが、本人の本質に迫ることができる。そうした意味では、どんな人物であっても、その人が人生の成功者であろうとなかろうと、こうした評伝は書けるのかもしれない。

 

この本を読んだ後に、「超傑作選 ナンシー関 リターンズ」を読むと、ナンシー関も毒舌の好きな津軽人と性質を受け継ぎ、太宰治、葛西善蔵、棟方志功、寺山修司、福士幸治郎の系統につながることがわかる。こうした人物は、作品だけでなく、その生き方自身も独特で、多くのエピソードを持ち、それもあってか、没後に評伝が出ることが多い。共通して言えるのは、才能もあるが、ブレない、群れない、濃いといった言葉が浮かぶ。吉幾三的と言えばいいのかもしれない。とにかくキャラが濃く、普通の人から見れば、その人の普通の行為がエピソードとして記憶に残る。もちろん大したエピソードでなく、車の免許取得に三年かかったとか、高校の身体測定から一度も体重計測したことがないとかの類であるが、少し変なのである。もし生きていれば、ちょうど60歳。今のようなSNN時代であれな、あの毒舌は何度も炎上したであろうが、政治色のない毒舌家として認知度90%の売れっ子になっていたのは確実であろう。

 

彼女と私の共通点は、年齢が6つ違うが、若い時にオールナイトニッポンを聞いていたこと、ビックリハウスに投稿していたが挙げられる。私はビックリハウスのビックラゲーションという投稿コーナーに投稿し、掲載された。「市バスに乗っていると、誰もいない、降りない停車駅に止まった。不思議に思っていると、運転手が「どうか遠慮しないで、降車ボタンを押してください」とアナウンスしていた」というものであった。実際の話で、降車ボタンを怖くて押せない奴なんかいるわけないと思っていた。今考えると、案外こうした人は世間にいるからなのかもしれない。

 

子供の頃の話であるが、少年マガジンでは読者の似顔絵を描いて送るコーナーがあり、何度か投稿して名前が載ってことがある。タモリ倶楽部の空耳アワーにも投稿したが、これは不採用であった。またNHKBSで昔、6時頃からアニメがあり、番組の最後に読者の似顔絵コーナーがあり、娘の描いた絵に手を加えて二度ほど採用されたことがあった。私もちょっとした投稿マニアなのかもしれない。

2022年10月16日日曜日

矯正治療の失敗ケース

 


これまで35年間、矯正歯科臨床をしてきたが、失敗例も多い。それについて触れる。

 

1. 顎の成長を読みきれない

反対咬合の症例では、下顎骨の成長が意外に長く続き、成長途中でマルチブラケット装置による治療を始めた場合、その治療期間が長くなったり、途中で手術を併用した治療法に変更することがあった。鹿児島大学では比較的早くに治療を始めた結果、こうしたこともあったが、開業してからは、反対咬合の患者では、経年的にセファロ写真を撮り、成長が終了してから仕上げの治療をするようになったので、こうした失敗は少ない。ただ男子の場合、高校2年生になっても成長が終了せず、結局、県外に進学して、二期治療を県外ですることになるのは、申し訳ない。

 

2.中心位と中心咬合位(習慣位)のズレが大きい。

患者さんは、ほとんど上顎前突のケースで、下顎骨が後方回転しているDolico、ハイアングル症例によく見られるが、中心位と中心咬合位がかなりズレいる場合がある。こうしたケースでは、初診時に顎を後ろに押して矯正的に中心位を探るようにしているが、長年、顎を前に出す習慣の患者さんはなかなか中心位を隠す。そしてマルチブラケットによる治療が進むに連れて、下顎が後方に動いていく。ズレが大きいと、小臼歯抜歯と歯の代償的移動だけでは、治らないことがある。ある先生はすべての症例にスプリントを入れて、顎位を決める方法をとるが、実際にやるとなると面倒である。

 

3. 機能的問題、舌の突出癖

 上下の歯が合わない、いわゆる開咬の多くは、舌の機能異常、突出癖が関与する。多くの場合は前歯部の開咬という形態を示すが、側方の開咬もあれば、一部の歯、例えば、上の右に中切歯、側切歯、犬歯の開咬ということもある。また稀に大臼歯の開咬もある。ひどいのになると上下第二大臼歯の一部のみ咬合し、それ以外はすべて開いている症例もある。治療自体は上下のゴムを使えば、治ることが多いが、問題は装置を外してからの後戻りである。これが全く読めない。また再治療しても舌突出癖などが治っていないと、安定しない。最近では出来るだけ噛み合わせを深く仕上げ、前歯で噛む癖をつけるようにしているが、再び開咬になる失敗症例は少し減った気がする。矯正治療の失敗例や期間のかかる症例の80%は舌機能の問題に起因する。

 

4.治療をしたくない患者に治療をする

早期から治療を開始し、二期治療でマルチブラケット装置による本格的な治療を開始する場合、本人はあまり治療したくないことがある。母親はもちろん治療をさせたいのはわかるが、本人は一向にやる気がなく、マルチブラケット装置をつけても、歯磨きはしない、ゴムをつけないなどのため、治療がうまくいかないことはある。特に男子ではこの傾向が強い。そうしたこともあり、二期治療の検査では、この点をしっかりと説明し、本人があまり治療したくない場合は、そのままにしている。将来、治療を希望した時点から始めても遅くないし、その方が治療結果もいいからである。ただこれも費用の点から、親は子供に二期治療を受けさせようとするので、叢生など一期治療の必要性の少ない場合は、大人になってから、あるいは本人が気になってから治療した方が良いと言って、患者をとらない方がいいのだろう。あるいは一期、二期といった連続した治療段階をやめて、反対咬合では被蓋改善まで、上顎前突では機能的矯正装置あるいは叢生同様、何もしない、で早期治療を終了し、その後は、本人が治療希望するまで管理もやめた方がいいかもしれない。

 

5. 患者のわがままを聞いて治療する

成人の患者は子供患者と違い、治療動機が強く、ネットで調べてくるのか、治療方法への思い込みが強い。抜歯した方が良いといっても歯を抜きたくないという方がいて、仕方なく、非抜歯で治療して失敗するケースがある。また上顎前突については、本来、外科的矯正のケースでも、患者が手術を拒否し、歯の移動による代償的な改善を行なったが、結果、うまくいかないことがある。最近も、どうしても本人は手術をしたくないとのことで、上顎の小臼歯のみを抜歯して、マルチブラケット装置による治療を行い、オーバージェットが残ったまま終了した。その後、10年ほどたち、成人になると、今度は下顎が小さいという主訴で来院し、現在、術前矯正中である。最近では、反対咬合だけでなく、顔面非対称(交差咬合)や上顎前突も手術を勧めることが多くなった。

 

結論からすれば、失敗を減らすためには、治療をしない、あるいは延ばす選択肢を持つことである。成長が気になる場合は、患者が早く治療をしてくれといっても、成長が完全に止まるまで待つ。また検査の結果、外科的矯正の適用と判断したなら、患者が歯だけで治したいといっても無理して治療しない。また高校二年生で治療を受けたい、卒業後も県外には行かないといっても、卒業後の進路が決まるまで治療をしない。機能的な問題、開咬に関してはリスクを説明し、どうしてもする場合は、後戻りを覚悟する。顎位に関して、スプリントで中心位を探すべきだが、できれば初診の段階で顎位を時間をかけて探し、ズレが大きい場合は、上下顎同時移動術(ハイアングルの上顎前突では、上顎骨の上方移動、下顎骨の後方移動と回転、オトガイ形成術の上下顎同時移動術の適用が多い)について説明し、そのリスクから治療をやめる選択肢も説明する。つまり失敗を減らすためには、患者に矯正治療をしない選択肢も入れるべきだし、自分に妥協しない。開業当初は、経営的な面もあり、来る患者は受け入れるようにしていたが、最近では、患者には矯正治療のデメリットも説明し、矯正治療をしないという選択も必ずしている。特に上記のような失敗しやすいケースは、よりそうした説明は重要となる。こちらの説明に対して患者が受け入れない場合は、他院でも相談してもらうようにするし、検査をした場合は資料一式と治療計画を渡し、他院、あるいは大学病院で見てもらう。

 

最近も検査時の模型を調べると、どうしても下顎が5mmほど後方に移動するので、説明時にもう一度、顎位を調べて中心位を見つけたが、最初の咬合より6mmほど下がり、上下顎同時移動術の適用ということになった。下顎頭にも高度の骨吸収があるため治療を断念するか、大学病院での受診を勧めた。というのは元々の主訴は歯の凸凹で、仙台の先生からはマウスピース矯正を勧められたほどである。本人はそれほど深刻に考えていなかったし、また個人的には下顎の後退感がよほど気にならなければ、別に治療する必要もないと考えている。


2022年10月13日木曜日

私の診療スタイル





私のところでは、通常のマルチブラケット装置の調整や保定装置のチェックは15分、第二大臼歯のバンディング、マルチブラケット装置の撤去、手術前のフック立てなどの準備は30分、マルチブラケット装置の装着は1時間の枠をとっている。

 

ほとんど全ての処置は一人でやっていて、通常、最も多いマルチブラケット装置の調整では、ワイヤーを外すのに3分、ワイヤーのベンディングに5分、そして金属線の結紮に5分を要する。レベリング以外は、上下のどちらかのワイヤーのみを調整することが多い。そして治療内容を患者に説明し、カルテに記入して終了となる。衛生士は結紮線を出すだけで、すべての処置は私一人でする。マルチブラケット装置に装着は、まず歯面を研磨し、上下の第一大臼歯(下顎は第二大臼歯)まで全てのブラケットをスーパーボンドでいっぺんに付ける。昔はう蝕処置歯が多かったので、大臼歯は全てバンディングをしていたが、今は処置歯が少なく、ダイレクトボンディングでつけることが多いので、30分くらいで終了する。この時だけは衛生士にセンタロイの.016インチのレベリングワイヤーを入れてもらい。その後、注意事項を説明し、鎮痛剤を渡して終了となる。1時間の予約をとっているが、大体は45分くらいで終わる。保定装置の調整は、5分もかからないが、その後、衛生士にエアーフローによる歯のクリーニングをしてもらう。

 

こうして1時間に4人、重ならないように予約するので、6時間半の診療時間で最大で26名となり、ほぼ毎日、20人程度の患者数を見ているが、問題なのはブラケットの脱離などのトラブルで、2日に一人くらいは必ずいる。ワイヤーを外し、接着剤をタービンで削り、新しいブラケットをつける。10分以上はかかるので、かなり忙しくなる。土曜日も基本的にはこの患者数であるが、バイトもいるので、子供の患者や保定装置の調整など、時間があまりかからない患者をダブルで入れていくので、多いときは40名を超える患者を診ることになる。新患の相談は一応、30分を当てているが、こうした状況でなかなか予約が取れないのが現状である。

 

私の場合、歯科医であった親父が全て一人で治療していたし、兄も同様なので、開業当初は、私と衛生士の家内と二人で診療していた。その後、常勤の衛生士一人と午後からの受け付け一人、土曜日は衛生士学校の生徒さんのバイト一人を加えた構成で、これまで20年以上診療してきた。おそらく日本の矯正歯科医院の中でも最も少ないスタッフ数と思われる。通常、この患者数であれば、受け付け1名、衛生士は最低2名以上いる。多いところでは5名以上の衛生士がいる。こうした歯科医院では、ワイヤーの取り外し、セットは衛生士がするところが多く、先生は口腔内を見て治療の進行を確認し、衛生士に指示を出し、たまにワイヤーをベンディングするくらいである。院長室に引きこもり、患者は滅多に先生の顔を見ないというところもある。アメリカでは1日の患者数が200名以上のところも多く、ほとんどはこうしたシステムをとっている。

 

治療内容や結果に関しては、先生が全て一人でしようが、ベテランのスタッフがしようがそれほど大きな差はない。私の場合は、診療終了後あるいは診療開始前に、矯正装置の技工物までも一人で作っており、結局自分で全てしたいだけなのである。それゆえ、お恥ずかしいことであるが、治療の最後の最後で、ブラケットなどが外れたりすると思わずチェと舌打ち、イラツクことがある。こうした時は、衛生士に「ワイヤーはずして、ブラケットをつけて、また同じワイヤーを入れておいて」言えれば、よほどイライラも少なく、ストレスも少なくなる。こんなこともあり、最近では外科的症例では、少し高いがセルフライゲーションのブラケットを使っており、結紮の手間が省けてよほど気がラクだし、時間が短縮できる。またワイヤーにフックをつける時は、以前はいちいち0.5mm線をロウ着していて、外科的矯正の準備など10本以上ロウ着する時は面倒であったが、今は極力、締め込むタイプの既製品フックを使っている。

 

こうした矯正治療をスタッフにやらせるシステムは、治療法にも関係し、昔のスタンダードエッジワイズを使う先生は、結紮の締め具合も重要と考えるので、全て一人でやる傾向があり、その後、ストレートワイヤーでも.018インチではワイヤーのベンディングも多く、先生も関与する部分が多かったが、.022インチになると、ほぼベンディングがなくなり、さらにセルフライゲーションブラケットでは結紮もなくなった。そしてインビザラインになると従来の矯正治療操作が全く必要なくなり、全てスタッフだけで治療が可能となる。ある先生によれば、この順番で治療の質が落ちると言っていたが、そうかもしれない。



 

2022年10月9日日曜日

第81回日本矯正歯科学会大会

 




10/5から大阪で開催された第81回日本矯正歯科学会大会に参加した。1985年に大会に参加して以来、ほぼ毎年出席している。一昨年はオンライン、昨年も基本的にはオンラインであったが、臨床指導医の更新のために横浜に行ってきた。今年もオンラインとの併設であったが、ようやく本来の形に戻ったと言える。ただ商社展示はかなり規模が縮小し、これまでの華やかな、大型のブースはなかった。

 

学会出席の目的は、100歳になる母親に会いに行くことであったので、10/6の講演を一部聞いただけで、講演は後日、オンラインで視聴することにした。この方がよくわかるからで、今後、コロナが完全に収束しても同じような方法をとって欲しい。ただオンラインでできないことは、商社展示で新製品の説明を受けることと、症例発表で実際の症例を見ることである。商社展示では、各社ともあまり新製品はなく、ほぼこれまでと同じものであったが、やはり全国的に矯正歯科がブームになっているのか、矯正製品の売り上げはいいという。患者数が増えれば、それだけ矯正製品も売れるのであるから、患者数そのものが増えているのであろう。懐かしい人に会えるのも学会ならではであるが、世代交代もあって、年々、古い先生を見かけることは少なくなっている。

 

今回は、昨年まで土曜日にうちの診療所で矯正歯科の勉強をしていた台湾出身の先生と待ち合わせ、昼食を食べて、新規の臨床矯正指導医の症例を一緒に見た。日本でも最高峰の治療結果を見ることができ、今後の目標にして欲しかったからである。ただ残念なことに昔の専門医試験のレベルに比べてかなり見劣りした症例が多かった。昔、数年間、専門医試験官をしていた時は、1症例でも抜歯症例で小臼歯(第二小臼歯)部分の咬合が甘いとほとんど落としていた。この部分が最も術者の力量を見ることができる場所であるし、抜歯症例では通常4本の小臼歯を抜いているため、この咬合が甘いと非抜歯に比べて小臼歯8本分の咬合を失うことになるためである。そのため、試験官はまず術後の模型を口蓋側から見て、上下第二小臼歯部の咬合が甘いと、この症例は不合格とした。実際の採点は減点方法で、この部分の点数が低くとも、点数としては合格するのであるが、ここが甘いと、無理やり他の項目も低い点数にして、合計点数を減らして不合格としていた。試験官によっては小臼歯だけでなく、大臼歯、前歯の完全な咬合を求める先生もいて、こうした先生が審査すると5症例担当しても合格者は一名もないという事態になった。

 

今回、台湾の先生とみた症例10症例くらいの中で、小臼歯がきれいに咬合していたのは2症例ほど、かっての審査であれば、他の8名は確実に落ちていたであろう。必ずしも、術者の技術が低いということを意味するのでなく、私の場合、マルチブラケット撤去時の模型で小臼歯部がきれいに咬合している症例の中から提出症例を選んだわけだが、最近の先生は、ここが甘くても落ちないという情報があって、そう細かく選択しないであろうし、今の試験官は点数操作をしないで忠実に採点していったからであろう。私のような下手な臨床医でも症例数が多いと、奇跡的にうまく小臼歯部がきれいに噛んでいる症例があり、それらを試験に提出したからであり、今回の合格者もそうした基準で選べば、もっといい症例もあったのであろう。舌側矯正では比較的この部分は噛ませやすいが、唇側に装置をつける一般的な矯正治療では、フルサイズのワイヤー(018)、小臼歯部のトルクと垂直ゴムが必要となり、できれば装置撤去前に模型で確認する、あるいは少なくとも咬合紙で、上顎小臼歯部の舌側咬頭が噛んでいるか確認する必要がある。理論上、現在流行しているインビザラインでは、ここを咬合させるにはもっと難しそうであるが、どうであろうか。

 

ここ十年くらいは子供も独立しているので、学会も観光を兼ねて家内と行っている。来年は新潟のようなので今から楽しみである。


 


2022年10月4日火曜日

日本の若者に期待

 



最近、経済力を伸ばしている国として、中国、韓国、台湾など日本の隣国、東アジアの国がある。さらに小国であるが、シンガポールなども近年、繁栄している。これらに国は、いずれ、一人当たりGDPや給与も日本を凌ぐ、あるいはすでに超えていると言われ、アジアにおける日本の経済的な優位性は昔に比べて落ちているのは事実であろう。

 

この要因として、これらの東アジア諸国に比べて日本では、急速な高齢化が始まり、若い、働く世代の減少が関与しているのは間違いない、同じ仕事をするなら70歳より30歳の方が効率的に仕事をする場合が多い。もちろん経験が関与する仕事ではそうしたことはないが。

 

ただ海外での大型物件、例えば鉄道建設、大型プラントなどの競争で、日本が韓国や中国に負ける理由として、強引な誘致ができないこともあろうが、若者自体に積極的な営業活動ができないことも理由となろう。昔、50年前の大手の商社の営業マンに話を聞くと、海外の大型案件の契約を取るために、女は抱かせる、金はばらまく、毎夜接待するなどあらゆる方法を用いて契約にこぎつけた。韓国、中国の営業マンのやり方である。今は日本の商社自体がこうしたグレイの営業スタイルを禁止しているし、また商社マン自体もこうしたガッツがない。

 

翻って考えると、日本の商社マンに代表される営業マンが、中国、韓国に負けるようになったのは、おそらく「ゆとり世代」が第一線に導入された頃からと思われる。実際、日本の入試自体は、中国、韓国、台湾、シンガポールの人からすれば、ばかみたいに優しく、彼らからすれば、小学校、中学校、高校、大学、そして会社に入っても、常に競争社会であった。例えば、台湾であれば中学3年生で全国共通試験があり、その得点で台湾全土の1番からビリまでが決められ、入学できる高校も選べる。同じように高校3年生でも共通試験があり、台湾大学医学部に入るためには750点満点で740点以上が必要となり、また大きな会社ほど偏差値の高い大学の卒業生を入社させる。韓国、中国でもぼぼ同じ仕組みで、現代版、科挙といっても良い。流石に中国ではあまりの教育熱が社会問題化され、塾の廃止などがされたし、韓国では高校入試を撤廃して有名高校を無くした。それでも過酷な受験戦争は無くなることはない。

 

大学入試のほぼない国として、フランスが挙げられ、大学入学資格試験、バカロレアという試験に合格すると、どこの大学にも入れる。ただ医学系の大学では1年生のクラスは2000名以上の学生がいるという状況になり、2年生になって専攻、医師、歯科医に進むためにはかなり難しく、競争率の高い試験を受ける。グランゼコールというフランス特有の高等教育機関に入るのみ、恐ろしいほど過酷な勉強が必要となる。同様にアメリカの大学は入りやすく、卒業しにくいと言われるが、ハーバードのような名門校への入学はかなり難しく、卒業、就職へと競争社会が続く。

 

アジアの多くの若者と会話すると、日本のような競争が少なく、優しい社会に憧れるという。実際、日本の優しい若者が、競争心の強い世界の若者を戦えるか。私は、不思議に大丈夫だと楽観している。かってボクシングで世界チャンピオンが出なかった時期があった。当時、他国に比べて日本人は豊かになり、ハングリー精神がなくなったからだと言われた。ところが最近では史上最強のボクサー、井上尚弥など多くの日本人チャンピオンが出ている。同じようにガッツの点では、国際入札などでは負けても、信頼と信用という新たな武器で十分に戦えると思われるし、商売というものはあまり金を中心にするとうまくいかないものである。最近の若者は、金や地位というよりはやりがいのある仕事、人の役に立つ仕事などを求めるようで、大学を卒業して農家になったり、職人や伝統工芸の道に行く人も多いし、またアジア、アフリカなど発展途上国で現地の人々と一緒に仕事をする人もいる。大リーグの大谷翔平選手のようなとてつもない若者が日本からどんどん出て欲しい。

2022年10月3日月曜日

若者のスマホ依存

 



私の場合、スマホを使うのは1日に5分以内、通話も1ヶ月に数件である。仕事以外の余暇は、テレビとパソコン、読書、音楽で過ごす。スマホをあまり使わないのは、文字が小さくて、読みにくいというのが一番の理由であるが。

 

ある調査によれば、1日にスマホを3時間以上使っている人の割合が53.8%、2時間以上となると75%ということになる。この調査は2021年度、10-70歳を対象にしたアンケートで、違う調査では、10歳代の女性では3時間以上が80%、2時間以上は89%となる。さらに8時間以上が20%近くいる。もちろん学校や仕事に行っている間は、基本的にはスマホを見ることはできないので、例えば、仕事、学校にいる時間が8時間、食事時間1時間半、風呂、トイレ30分、睡眠時間8時間、掃除、洗濯、料理など雑用が1時間とすると、残りは5時間、この時間ほぼスマホを使っているのだろう。さらに何を見ているかという調査では、アプリ、ゲームが55.6%、続いて動画視聴が22%となる。とにかく忙しくて、空いている時間はずっとスマホを操作していている。テレビを見ることもなく、雑誌や本を見ることもなく、勉強しているわけでなく、絵を描くわけでなく、ピアノの練習をするわけでない。

 

東大生に聞いた調査によれば、スマホでゲームをする人は57%であるが、一日のゲームの平均時間は1時間未満が64%となる。別の研究では、小・中学生の算数、数学、国語の正答率とスマホ時間はきれいな逆相関を示し、使用時間が少ないと正答率が上がる。これは他の研究でもはっきりしていて、2018年の仙台の中学生を対象とした大掛かりな研究で、スマホを1日に4時間以上使う群は数学の点数は47点に対して、1時間未満、全くしない群は74点、また国語は60点と73点、理科は45点と70点、社会は46点と67点と、全ての科目で大きな差がある。この原因として、スマホの使用が長いために学習時間が減ったことと、学校で学習した内容がスマホにより記憶が消えるという。今はこの時以上にスマホの使用時間は長くなっており、スマホの使用時間が学力に決定的な影響を及ぼす。自転車に乗りながら、スマホを使っている学生はほぼ勉強ができないのであろう。

 

スマホは若者にとってある種の麻薬なのかもしれない。これがないと不安であるという人の多い。過度の利用は学力に影響を及ぼすことははっきりしているにも関わらず、やめられない。これは覚醒剤や大麻と同じようなものかもしれない。もちろん麻薬と違い、それによる利便性も大きいが、それほど悪いと見られていない点も怖い。フェイスブックは仮想空間メタバースの開発を進めており、将来的には現実とは瓜二つのVRの世界が出現するであろう。そうなると、ネットの麻薬性は格段に上がり、人とのコミュニケーションを断ち、仮想空間だけで生きていく人が生まれるだろう。

 

世界でのスマホ使用時間を調べた2020年の調査がある。一番長時間使っている国はインドネシアで、1日平均で6時間、ついでインドの4.8時間、そしてブラジル、中国、韓国、日本となり3.6時間、そしてロシア、カナダ、スペインと続き、最も少ないのはドイツで2.4時間となっている。さらにスマホを含むインターネット使用時間でいうと(2019)、フィリッピンが10時間、ブラジルは9時間29分、タイが9時間11分となる。この調査では日本は3時間45分で最低であった。同様に15歳から35歳のスマホの依存度を調べた最新の調査(2022)では、一位は中国、そしてサウジアラビア、マレーシア、ブラジル、韓国と続き、日本は15位となる。低いほうでは23位がフランス、24位がドイツとなった。

 

つまりスマホの過度の使用は、人をアホにさせる。であるなら、スマホを多く使う、依存性の高い国は、アホが多くなり、国が衰弱するという理屈となる。親が言っても子供はいうことは聞かないなら、小中高校生のスマホは国が制限すべきなのかもしれない。中国ではすでにこの危険性については理解しており、ゲーム制限令を定め、「週末の金曜日、土曜日、日曜日および祝日に限り、午後8時から9時までの1時間も制限する」とした。日本でも香川県が、ゲームの使用時間は平日60分、休日90分という条例を作ったが、ほとんど守られていない。そろそろスマホの利点だけでなく、欠点についても学校で教育すべきであり、またマスコミでももっと取り上げて欲しいところである。