2022年10月16日日曜日

矯正治療の失敗ケース

 


これまで35年間、矯正歯科臨床をしてきたが、失敗例も多い。それについて触れる。

 

1. 顎の成長を読みきれない

反対咬合の症例では、下顎骨の成長が意外に長く続き、成長途中でマルチブラケット装置による治療を始めた場合、その治療期間が長くなったり、途中で手術を併用した治療法に変更することがあった。鹿児島大学では比較的早くに治療を始めた結果、こうしたこともあったが、開業してからは、反対咬合の患者では、経年的にセファロ写真を撮り、成長が終了してから仕上げの治療をするようになったので、こうした失敗は少ない。ただ男子の場合、高校2年生になっても成長が終了せず、結局、県外に進学して、二期治療を県外ですることになるのは、申し訳ない。

 

2.中心位と中心咬合位(習慣位)のズレが大きい。

患者さんは、ほとんど上顎前突のケースで、下顎骨が後方回転しているDolico、ハイアングル症例によく見られるが、中心位と中心咬合位がかなりズレいる場合がある。こうしたケースでは、初診時に顎を後ろに押して矯正的に中心位を探るようにしているが、長年、顎を前に出す習慣の患者さんはなかなか中心位を隠す。そしてマルチブラケットによる治療が進むに連れて、下顎が後方に動いていく。ズレが大きいと、小臼歯抜歯と歯の代償的移動だけでは、治らないことがある。ある先生はすべての症例にスプリントを入れて、顎位を決める方法をとるが、実際にやるとなると面倒である。

 

3. 機能的問題、舌の突出癖

 上下の歯が合わない、いわゆる開咬の多くは、舌の機能異常、突出癖が関与する。多くの場合は前歯部の開咬という形態を示すが、側方の開咬もあれば、一部の歯、例えば、上の右に中切歯、側切歯、犬歯の開咬ということもある。また稀に大臼歯の開咬もある。ひどいのになると上下第二大臼歯の一部のみ咬合し、それ以外はすべて開いている症例もある。治療自体は上下のゴムを使えば、治ることが多いが、問題は装置を外してからの後戻りである。これが全く読めない。また再治療しても舌突出癖などが治っていないと、安定しない。最近では出来るだけ噛み合わせを深く仕上げ、前歯で噛む癖をつけるようにしているが、再び開咬になる失敗症例は少し減った気がする。矯正治療の失敗例や期間のかかる症例の80%は舌機能の問題に起因する。

 

4.治療をしたくない患者に治療をする

早期から治療を開始し、二期治療でマルチブラケット装置による本格的な治療を開始する場合、本人はあまり治療したくないことがある。母親はもちろん治療をさせたいのはわかるが、本人は一向にやる気がなく、マルチブラケット装置をつけても、歯磨きはしない、ゴムをつけないなどのため、治療がうまくいかないことはある。特に男子ではこの傾向が強い。そうしたこともあり、二期治療の検査では、この点をしっかりと説明し、本人があまり治療したくない場合は、そのままにしている。将来、治療を希望した時点から始めても遅くないし、その方が治療結果もいいからである。ただこれも費用の点から、親は子供に二期治療を受けさせようとするので、叢生など一期治療の必要性の少ない場合は、大人になってから、あるいは本人が気になってから治療した方が良いと言って、患者をとらない方がいいのだろう。あるいは一期、二期といった連続した治療段階をやめて、反対咬合では被蓋改善まで、上顎前突では機能的矯正装置あるいは叢生同様、何もしない、で早期治療を終了し、その後は、本人が治療希望するまで管理もやめた方がいいかもしれない。

 

5. 患者のわがままを聞いて治療する

成人の患者は子供患者と違い、治療動機が強く、ネットで調べてくるのか、治療方法への思い込みが強い。抜歯した方が良いといっても歯を抜きたくないという方がいて、仕方なく、非抜歯で治療して失敗するケースがある。また上顎前突については、本来、外科的矯正のケースでも、患者が手術を拒否し、歯の移動による代償的な改善を行なったが、結果、うまくいかないことがある。最近も、どうしても本人は手術をしたくないとのことで、上顎の小臼歯のみを抜歯して、マルチブラケット装置による治療を行い、オーバージェットが残ったまま終了した。その後、10年ほどたち、成人になると、今度は下顎が小さいという主訴で来院し、現在、術前矯正中である。最近では、反対咬合だけでなく、顔面非対称(交差咬合)や上顎前突も手術を勧めることが多くなった。

 

結論からすれば、失敗を減らすためには、治療をしない、あるいは延ばす選択肢を持つことである。成長が気になる場合は、患者が早く治療をしてくれといっても、成長が完全に止まるまで待つ。また検査の結果、外科的矯正の適用と判断したなら、患者が歯だけで治したいといっても無理して治療しない。また高校二年生で治療を受けたい、卒業後も県外には行かないといっても、卒業後の進路が決まるまで治療をしない。機能的な問題、開咬に関してはリスクを説明し、どうしてもする場合は、後戻りを覚悟する。顎位に関して、スプリントで中心位を探すべきだが、できれば初診の段階で顎位を時間をかけて探し、ズレが大きい場合は、上下顎同時移動術(ハイアングルの上顎前突では、上顎骨の上方移動、下顎骨の後方移動と回転、オトガイ形成術の上下顎同時移動術の適用が多い)について説明し、そのリスクから治療をやめる選択肢も説明する。つまり失敗を減らすためには、患者に矯正治療をしない選択肢も入れるべきだし、自分に妥協しない。開業当初は、経営的な面もあり、来る患者は受け入れるようにしていたが、最近では、患者には矯正治療のデメリットも説明し、矯正治療をしないという選択も必ずしている。特に上記のような失敗しやすいケースは、よりそうした説明は重要となる。こちらの説明に対して患者が受け入れない場合は、他院でも相談してもらうようにするし、検査をした場合は資料一式と治療計画を渡し、他院、あるいは大学病院で見てもらう。

 

最近も検査時の模型を調べると、どうしても下顎が5mmほど後方に移動するので、説明時にもう一度、顎位を調べて中心位を見つけたが、最初の咬合より6mmほど下がり、上下顎同時移動術の適用ということになった。下顎頭にも高度の骨吸収があるため治療を断念するか、大学病院での受診を勧めた。というのは元々の主訴は歯の凸凹で、仙台の先生からはマウスピース矯正を勧められたほどである。本人はそれほど深刻に考えていなかったし、また個人的には下顎の後退感がよほど気にならなければ、別に治療する必要もないと考えている。


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