2015年3月13日金曜日

津軽の呼び捨て


 津軽に来て早いもので20年になります。津軽弁もだいぶ聞き取れるようになりましたが、それでも年配で、郡部の方の津軽弁は半分くらいしかわかりません。むしろ若い人を中心とし方言が急速に消失しているように思え、城下町弘前に残された武家言葉をしゃべる世代はすでにいません。その結果、孫は祖父母の言っていることがわからないといったことになりました。

 言葉は時代により変化するものですから、こういった方言の消失を嘆く必要もありませんが、他県から来た私のようなものから見ると、完全な方言であれば、許される場面でも方言と標準語が混ざると、おかしく聞こえることがあります。

 いまだに聞く度に気になるのは、「あんた」、「あんだア」呼ばわりされることです。病院で看護師さんから病歴を聞かれる時、年配の看護師さんから「あんたア、今日はどした」と聞かれます。親しみを込め、患者さんに安心させるために、わざとこういった聞き方をしているのでしょうが、歯科医師として多少プライドがある私としては、あんた呼ばわりされたことはこれまでも一度もなく、かなりむっとします。さらに患者さんや親御さんからも、こういった言い方をされることがあり、これだけは未だに馴染めませんし、電話でこういった応対をされるとかなり頭にきます。

 本人はそういった気持ちではないし、地元出身の妻も全く気にならないようです。今時は、人生のある時期、東京などの大都市で生活する経験を持つ人も多く、ここで洗礼を受け、こういった方言を使う人は少ないですが、それでもほとんど生まれ故郷を出たことのない人は、敬語表現をできないことになります。津軽弁では武家言葉には敬語はあったようですが、庶民の津軽弁には敬語はなく、敬語を使う状況では標準語を使わざるをえないのです。つまり標準語を使えなければ敬語表現ができません。

 さらに言うと、津軽では先生、さんという敬称?もありません。学校の先生、医者に対しては“広瀬先生のところに行った”というところを“広瀬のところに行った”と先生を省略します。もちろん家の中での会話ですが。通常、学校でも嫌いな先生がいると、友達同士では先生の名を呼び捨てにしますが、津軽では学校の先生、校長、医者、市長もすべて外では呼び捨てです。これも悪気はなく、屋号のような感じで呼び捨てにしますが、うちの娘が学校の先生のことを呼び捨てにするのを初めて聞いた時は、不良になったかと思ったくらいです。親類、友人、知人、同僚、社長、近所に住む人も、すべて呼び捨てでさん付けはしません。鈴木課長と会社では呼ばれても、仲間内の飲み会ではすべて“鈴木が”となります。県外から嫁いだ嫁が、旦那の妹から呼び捨てにされ、かなり驚くようですが、これは自分らの仲間、親族になった証でもあります。

 ある本に「一戸兵衛大将が里帰りした時の事です。大将の乗った汽車が弘前駅に到着した時、駅には弘前中の人間が集まって来ていました。弘前市民がなんと言って閣下を出迎えたか。彼らは口々にこういって閣下をクサしました。「わ(=方言:我)、いじのへばわらしのころ、ぶっただいだ事ある。いじのへばびーびー泣いでなぁ」だの、「いじのへばむがし、寝小便たれででなぁ、おがさ(=方言:母親)に尻ぶっただかれでびーびー泣いでのぅ」やら、何歳まで青っ洟たらしていた、だの、もうどうでも良いことを有る事無い事大声で喚き合っていたそうです。これを汽車の窓越しに聞いていた一戸大将は、あまりの恥辱に真っ赤になって、駅の裏から出て行ったそうです。」とありましたが、後半はうそでしょう。弘前出身の一戸大将は津軽の呼び捨てには耐性ができているはずです。


 津軽の人々は、自尊心の強い人が多く、自分より偉いひとはいない、社長、先生、医者がなんぼのもんじゃ、威張るなと思っています。太宰治も年上のひとであっても呼び捨てにしていましたし、消しゴム版画家のナンシー関も芸能人を呼び捨てで批判していました。私達、医者、歯医者は先生と呼ばれることに慣れてしまって、そう言われなければ、ムッとしますが、よく考えれば、先生と敬称で呼ばれるほどの人物かと問われると、その通りで、学校の先生でも家で先生と呼んでもらうには、その人格、態度とも先生と呼ばれるにふさわしくなければいけません。厳しいところです。敬称で呼ばれるような人物になりたいものです。また英語では敬称はあるものの、通常、”you”で済ますように家の中での会話でわざわざ敬称を使う必要もないといった合理的な考えから来ているのかもしれません。
 こういった呼び捨て習慣は、津軽以外のところではあまり知りません。

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