2024年1月1日月曜日

奈良美智 「The Beginning Place ここから」

Saxbo Eva Staehr-Nielsen.   Berndt Friberg



奈良美智、「The Beginning Place ここから」を青森県立美術館で観てきた。「A to Z」が弘前で行われたのが2006年なので、早いもので17年も経つ。今は立派な弘前れんが倉庫美術館になっているが、福島酒造れんが倉庫での、あの摩訶不思議な展覧会の記憶は今でもはっきりと思い出す。これまで数百の美術展を観てきたが、「A  to Z」を含む一連の3つの展覧会は、自分の中でもベスト3に入る。それだけに相当な期待を持って青森市に来た。

 

奈良さんの展覧会は確か10年前にも青森県立美術館であったと思うが、あまり覚えておらず、今回の方が印象強い。昨年の皆川明の「ミナ ペルホネン」も凄かったが、展示の仕方が面白い理由の一つかも知れないし、また作品自体も大型化しているのか、2m近い最近の絵、彫像は、美術館にふさわしい作品である。

 

奈良さんを代表する少女像は、もともとは思春期前の少しませた少女を表現したものであるが、今回、美術館の大きな部屋で最新の絵をじっと見ていると、確かに少女ではあるが、次第に少年に、あるいは大人に見えてきて、さらには母親、作者自身あるいは人間、果ては菩薩像にも見えてくる。不思議な作品となっている。画家によっては、いろんな画風、画題に挑戦する人もいる。同じようなテーマに飽きが来るのかもしれない。例えば、横尾忠則は最初、ポスターなどのイラストレータから始まったが、画家になるとY字路ばかり書いていたと思うと、最近は中国の仙人「寒山百得」ばかり100点描いたりしている。ただ画風自体が変わってわけではなく、テーマを変えている。画風、テーマ自体を次々変えたのはピカソくらいで、彼の場合は特別で、何人もの天才が同じピカソという体に同居しており、真似ることはできない。神戸を代表する画家、小磯良平も女性を中心とした絵を描いていたが、戦後、新たな絵という風潮から抽象画に路線を変更した。結果的にはあまり成功したとは言えない。後年、また女性像に戻ったが、あのまま最初の路線を深化した方が良かったかもしれない。

 

奈良さんの作品は、テーマとしてはそれほど変わっていないが、画風が少しずつ深化しており、弘前で行われた「A to Z」展覧会では、どちらかというとアメリカのポップアートの影響があったし、作品自体も輪郭のはっきりした平面的なものであったが、最近のものは大型化し、輪郭も漠然とし、より立体的な作品となっている。より独自の作風になってきており、クロード・モネの究極の深化、「睡蓮」シリーズの方向に向かっている気配すらする。今回の展覧会のタイトルは「ここから」と、弘前、あるいは青森からということだが、奈良さんの作品そのものには、直接、津軽、弘前の匂いは感じない。さらに東北、日本の匂いもない。今回の展覧会の最後に青森の産んだスーパースター、棟方志功とのコラボがあったが、あまりピンとこなかった。展覧会の企画の中でも唯一、わからないコラボであった。棟方志功の作品からは青森、津軽、日本の匂いがプンプンし、それは過剰なほどであるが、奈良さんの作品にはそうした匂いは全くなく、その作品に奥深くにそうした匂いを感じてほしいということかもしれないが、感じられない。

 

若干匂いを感じるとすると、これは大阪という都市に育った私がいうのはおこがましいが、都会、知らないところへの憧れ、逃避があるように思える。これまで多くの弘前出身の偉人のことを調べてきたが、彼らの共通の精神は、弘前から東京経由で海外に行くのではなく、直接海外に行ってしまう。津軽―東京の心理的距離と、津軽―イギリスとの距離とあまり変わらないなどという感覚があるのであろう。冬の深い雪に閉じ込められ、小さな範囲で生きていると、少しずつの変化を求めるよりは、急速な変化、飛躍に走る傾向があり、友人の曽祖父も、先生になれず、軍人にでもなろうかと思ったが、いきなりアメリカに行こうと決心し、アメリカに渡航した。そこで、苦労しながら、歯科大学に入り、現地で歯科医院をし、その後、神戸で開業した。奈良さんのドイツへの留学も、そうした津軽人の流れからかもしれない。とにかくいきなり飛躍する。

 

奈良さんには世界中にファンがいて、今回の展覧会にも中国、台湾、韓国などからもわざわざこの展覧会目的で来日する。結局、芸術家の価値とは、ゴッホや田中一村のように死後に評価される場合もあるにしても、多くの人々から支持されることであり、それは作者の作品に込められた想いが人々に伝わることである。そうした意味では、奈良さんは日本を代表する偉大な芸術家なのだ。富岡鉄斎の場合、70歳以下の作品は若描きと言って評価は低く、晩年になるほど評価は高い。絵というのは、あまり年齢が関係せず、歳を取っても作品を深化、発展できる分野であり、奈良さんのますますの発展を期待したい。一方、最近は作品数そのものが減ってきており、心配している。画家により絵に対する向き合い方が違い、葛飾北斎は画狂人と呼ばれるほど絵を描きまくったし、ピカソもそうだし、富岡鉄斎も生涯に2万点以上の絵を描いた。草間彌生、岡本太郎も作品数は多い。数を描くことで作品が進化することもある。

 

 





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