2025年10月4日土曜日

格安マウスピース治療の危惧

 



ここでは格安マウスピース治療の治療上の問題は扱わない。経営的な観点から危惧されることを挙げる

 

1.前金制度

矯正治療は基本的には治療開始時に全額を支払う。これは格安マウスピースでもそうである。美容整形、脱毛など治療期間が短期の場合はこの料金制度は問題ないが、矯正治療のように長期の治療期間(2年以上)になると、治療中の患者がどんどん溜まっていく。1日の診られる患者数が決まると、新規患者数は多くできないことになる。ただ格安マウスピースは通院回数が少なく、またネット上での治療相談をしているので、患者数はかなり増やせるのだろうが、それでも売上の限界がくる。

 

2.自転車操業

多くの患者を集めるためには、宣伝広告費にかなり投資しなければいけないし、医院も東京、大阪など都市部の一等地に開業しなくてはいけないため、人件費や家賃は高い。借金をして次々に店舗数を増やし、宣伝も増やし、集客をして、治療費、前金をそれに突っ込むやり方である。コロナバブルの頃は面白いように患者が集まったが、今では宣伝しても集客できなくなっている。新規患者数の落ち込みがすぐに経営に響く。

 

3.医師法、医療広告法、訴訟、オンライン診療

アメリカのスマイルダイレクトクラブのような歯科医師のいない営業形態は、人件費の削減には有効でも、明らかに日本の医師法に抵触する。少なくとも歯科医がいないと治療を提供できない。ただ多くの格安マウスピースを提供する歯科医院では、セファロ分析を含めた治療計画を患者に説明しておらず、シミュレーション結果を見せるだけである。シミュレーション結果は治療計画ではない。患者から治療結果にクレームが出て訴訟になった場合、セファロ撮影をしていない、診断、治療計画もないと負ける。実際、30-40万円程度のことで訴訟をするのは弁護士料などを加味すると合わないが、それでも集団訴訟されると厳しい。また格安マウスピースの歯科医院のホームページを見ると、医療広告法に触れるケースが目立つ。今後さらに広告法あるいは罰則規定が厳しくなると、宣伝しにくくなる。また美容医療を提供する医療機関でのオンライン診療は論議が多い。オンライン診療の枠から外れるかもしれない。

 

4.安いと言っても安くない

Oh my teeth 33万円、ローコストのライトプランで30万円、スタンダードで45万円、確かにインビザラインよりは安い。とはいえ30万円を超える金額は決して安い金額ではない。私のところではワイヤー矯正の基本治療費40万円、調整料3000円でしているが、全ての患者は“高い金を出しているのだから、きちんと治してもらわないと困る”と言う。昔、安売り住宅の営業の人に聞いた話では、安いからといってクレームが少ないわけではなく、お金持ちはそもそも安売りの会社で家を建てないし、安い住宅を建てる人は金がない人だと言っていた。金がないから安い治療を受けるのであり、その人にとっては30万円でも決して安くはない。

 

5.医療業界の壁

アメリカのダイレクトスマイルクラブが潰れた原因として、アメリカ矯正歯科学会とアメリカ歯科医師会が強烈なネガティブキャンペーンをしたことも挙げられる。多くの格安マウスピース業社は、これまでの矯正歯科の既得権を犯すもので、私も含めて矯正歯科医は一切、認めていない。学会でもネガティブキャンペーンとは言えないまでも、警告は行なっている。あまり既得権を犯すようなら、テレビ、ネットでも大掛かりな広報活動を行うかもしれない。

 

6.人気に翳りが出ている

スマイルダイレクトクラブが潰れた他の原因として、顧客の減少が挙げられており、アメリカ矯正学会の調査でも、2022年から2024年の2年間でアライナー矯正の割合が25%から23%に減少しており、以前ほど人気はなくなっている。特に抜歯ケースが多い日本人の成人ケースでは、直せない症例が多く、非抜歯で、それもディスキングなしで直せば、口元の突出感などで患者の不満が残る。安いと言っても、それは言い訳にならず、かなりクレームに悩むことになる。

 

7。専任の.矯正歯科専門医がいない

格安マウスピース医院については、担当医はほとんど公開していないが、日本歯科専門医機構の矯正歯科専門医が担当していることはない。いわば素人が治療しているようなもので、日本では問題ないが、アメリカでは、特に裁判では、そうした専門教育を受けたかが争点となる。簡単な症例を治すとしているが、簡単かどうかは矯正歯科専門医でないとわからない。患者も今はネットでよく勉強しており、セファロ分析も含めてきちんと検査、診断しないと、患者のクレームに対応できない。さらにいうとリスボン宣言では患者は自分の病気、治療に対してセカンドオピニオンを受ける権利を有するが、こうした格安マウスピース医院では、求めに応じて必要な資料を渡せるのだろうか。

 

7.特定商法取引法による規制

近日中の出来そうなのは、マルスピース矯正を特定商法取引法に入れる流れである。特定商法取引法の対象になると、書類によるかなり細かな説明、中途解約、クーリングオフ制度となる。例えば歯にホワイトニングの場合、期間が1ヶ月、料金が5万円を超える場合、対象となったが、法規制後はほとんどのホワイトニング業者は料金を安くした。矯正歯科では同様な条件は絶対にできないので、全ての症例が対象となり、その場合はかなりの新規患者減が予想される。

 

8.適用症例が少ない

格安マウスピー矯正の適用は、軽度の空隙歯列、叢生に限られる。私のところの患者で言えば、成人矯正の場合、80%以上は抜歯ケースで、軽度のケースはせいぜい5−10%くらいである。100名の患者を集客して5人しか適用でないなら商売にならない。実際は余程の症例でなければ、来院した患者すべて治療を勧めることになる。いくら経っても治らず、担当医がこうした患者を放り投げて辞めるか、患者が去っていく。

 

9.競合会社が多すぎる

格安マウスピース業者は、どこもアライン・テクノロジー(インビザライン)の特許切れの治療法を使っており、基本的には全て同じである。デジタル印象をして、コンピューター処理して、3Dプリンターで作っていく。材質や分割法の違いがあっても、治療期間、審美性、仕上がりは基本的には変わらない。となると売り上げを伸ばすには、値引きか宣伝となる。製造単価は低いので値引きは可能であるが、同時に宣伝もしなくてはいけないし、銀座など一等地の開業が求められるので、これ以上の値引きは難しく、宣伝が決め手となる。シェアー獲得と認知度アップが生き残りの最重要課題となる。

 

10. 従業員が集まりにくい

ます歯科医にとって、こうした格安マウスピース矯正の医院に勤めるメリットは少ない。矯正歯科をやりたい人は、きちんとした矯正歯科専門医に勤務するし、またマウスピース矯正を本格的に学びたい人はインビザラインを中心して歯科医院に勤めるだろう。おそらく数年で、大まかなやり方が理解でき、患者からのクレームの多さに閉口するだろう。歯科医の多くは将来、開業するが、こうしたマウスピース専門歯科医での勤務は自分のキャリアアップにつながらない。また衛生士も同様で、自分のキャリアアップのためには、ここで学ぶことは限られていて、魅力を感じないし、長年の勤務はないであろう。給料を高くしないと集まりにくい業種である。私が学生時代の頃も歯科矯正講座に残ると一般歯科診療はできなくなるとされ、不人気であった。おそらく格安マウスピース歯科医院では、指導する矯正歯科専門医もおらず、セファロトレース、分析、診断や各種矯正装置の製作、治療、マルチブラケット治療法など、矯正歯科全体を教えるような教育プログラムはなく、また人件費の削減のため、内部でお互いに学んでいくような環境もなかろう。

 

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