2025年12月11日木曜日

世界はすでに停滞期、発展しない時代に入っているのか






 来年の5月で70歳になる。まだまだ若いと年配の方からは言われるが、子供の頃の記憶では70歳は完全に爺さんである。1960年代の母親の実家の法事に参加した時の記念写真を見ても、4050歳でおじさん、おばさん、60歳以上になると完全におじいさん、おばあさんで、いつ死んでも早く亡くなったとは言われない年齢である。昭和30年頃の青森県総覧という本の最後にはご長寿の方ということで名前が載っているが、それが80歳以上で載る。今は本にご長寿で乗るとなると100歳以上となる。村田英雄は王将を歌っていたのが33歳で、亡くなったのが73歳、フランク永井がおまえに歌っていたのが45歳、最後のレコードを出したのが53歳、三橋美智也が怪傑ハリマオを歌っていたのが30歳、亡くなったのは65歳で、とても考えられないほど年寄り、おじさんであった。

 

山下達郎が72歳、竹内まりあが70歳、ユーミンは70歳、吉田拓郎に至っては何と79歳である。みんな若い。もし1960年の人にこれらの歌手の写真を見せれば、40-50歳くらいというだろう。昔に比べて今の人は20歳若いように思える。特に僕たちの世代は、子供の頃の大人と、うちの父親もそうだが大正、明治の人で、ほとんどの男に人は戦争を経験し、もちろん戦前の教育を受けている。全く別人種と言っても良いほど考えは違う。

 

パンよりは米、肉よりは魚、ウイスキーよリは日本酒、歌は民謡、演歌、軍歌、浪曲、そして洋装よりは和装を好んだ。うちの姉の世代(戦後生まれ)からこうした好みも逆転し、昭和40年くらいから道行く人も和装より洋装が多くなり、学校給食以外でも家でも食パンを食べるようになった。もちろん当時でもあんぱんやジャムパンはあったが、あくまでオヤツであった。音楽もビートルズが出現した1960年以降、完全に変わり、その後のグループサウンズ、フォークソングブームとなり、ここで若者と父親世代には完全な溝ができた。さらに決定的となったのは1960年後半からのミニスカートブーム、長髪ブームで、これで完全に世代間の断裂となった。うちの父親は大正8年生まれ、軍隊に6年いて、歯科医をしていた。そこそこ進歩的であったが、それでもパンの朝食は無理だったし、洋酒よりは日本酒を好み、洋服よりは着物を好んだ。

 

逆にいうと1970年以降の世相を見てみると、それほど世代間の大きな壁はなく、音楽で言ってもユーミンの1970年代の曲を今の若い人は聴いているし、ミニスカートも人気がある。おそらく1970年の格好で道を歩いてもそれほど違和感はないと思う。この50年をみると、インターネットの普及など、デジタル社会となったが、それでも僕たちが1970年代に大人に感じていたほどのギャップを今の若い人は年配の人に感じていないのではなかろうか。子供の頃に母親や父親の若いときの写真をみても、白黒写真で、皆着物を着ており、古いというイメージしかないが、うちの子供に私たちの若いときの写真を見せても、若いというイメージしかなく、それほど古いとは思っていない。

 

日本の江戸時代は、1600年頃から明治が始まる1868年までの250年くらいの時代であるが、大雑把にいえば、生活、食べもの、服装、習慣など、それほど極端に変化しておらず、1868年から現代までの160年の方が大きな変化があった。まず産業で言えば、製鉄、機械産業が指数関数的に発達し、そして船、飛行機、車などは戦争を契機に一気に進歩し、1970年代以降はパソコン、そして最近ではIT 産業が興隆している。ただ船、車で言えば、1880年にベンツがガソリン車を発明し、50-60年後には今と同じシステムとなり、船で言えば、タイタニック号と今の豪華客船には大きな違いはないし、飛行機にしても1950年代のボーイング707から大きな進歩はない。同様にパソコンにしろ、デジカメにしろ、スマホにしろ、最初は大きく発展するものの、しばらくすると大きな発展はなくなってくる。その間隔はますます早くなってきており、おそらく今のAI産業もあと10年くらいでプラトーになるだろう。

 

こうした変化の経過を見ていくと、未来を予想できる。まず人々の服装、食べ物、生活は100年後もそれほど違わない。歌舞伎、オペラ、バレーなどの観劇は今のままだし、ひょっとすると本や映画もそのまま残るかもしれない。スタートレックのような一律のユニフォームではなく、1970年代の服を着ている人もいよう。車、飛行機、船は自動化されても残るし、完全な自動翻訳機ができても日本語は残るし、英語も勉強するだろう。

 

僕らが昔思っていたほど、未来はそれほど未来でない可能性が高く、今のままの生活がそのまま続くように思える。最初に述べたように、1970年代というとすでに50年以上前である。当時のコカコーラやJR東海のコマーシャルを今見ても、それほど違和感はなく、逆に言えば、今の社会を50年後に見ても違和感はないし、そうならそれより50年前、つまり百年前の社会にも違和感はないのではなかろうか。エジプト文明、メソポタミヤ文明は3000年以上続き、ローマ帝国も一千年続いたが、それほど大きな変化はなく、世界もそろそろ文明が発展しない、停滞する時代に入ったのかしれない。SFが描くような宇宙に進出し、火星や月に住む、あるいはスタートレックのようにワープ航行により別の惑星に行くようなことは多分百年後でもないだろう。ジュール・ヴエルヌが「月世界旅行」を発表したのが1865年で160年前、アポロ11号の月面着陸は1965年で60年前だが、いまだに観光客が月に旅行できていない。多分百年経っても無理かもしれない。

 










2 件のコメント:

匿名 さんのコメント...

ワープ走行?

広瀬寿秀 さんのコメント...

ワープ航行の間違いでした。