歯科医院で矯正治療をしているところは多い。歯科診療所、68000件のうち、矯正歯科を標榜している歯科医院は27000件、39.7%の比率となる。このうち、矯正歯科専門の歯科医院は2000件くらいであろう。
一般の患者さんからすれば、矯正歯科を標榜しているのであれば、何らかの専門機関で教育を受けたと思うが、多くの先生は数回の講習会を受けただけで、専門知識もないし、技量もない。患者さんが歯並びについて先生に尋ねると、普通は矯正歯科専門医を紹介する。なぜなら自分は専門教育を受けたこともないし、できないからである。当たり前である。私の父親は50年間、真面目に歯科医をしてきたが、不正咬合の患者は全て矯正歯科の先生に紹介してきたし、私の兄も歯科医だが同じようにしている。
なぜできもしないことを標榜し、患者に勧めるのか、全くわからない。以前、もう十年以上前だが、地元の矯正歯科のスタディーグループに入っていたことがあった。月に一度、症例を持ち寄り、皆で検討するような会であった。私以外は全て一般歯科医だったので、結局は私の意見が治療方針になった。そこで報告される多くの症例で「先生の力では、この症例は治療できないのでやめなさい」と厳しく言うことが多かった。もちろん簡単な症例で、一般歯科の先生が手を出してもいいのもあるが、成人症例の多くは、マルチブラケット装置の知識と経験が必要であり、これをマスターしている一般歯科医はほとんどいない。例外は矯正歯科の医局に3年以上勤務して、専門医にならないで一般歯科で開業した先生だけである。
それでも先生方は治療する。その挙句、うまく治療できないと、「これが限界だ。私は専門医でないのでこれ以上治せない」と言う。これで費用がものすごく安かったらまだしも、ひどいところになると専門医の私のところより矯正料金が高い。それではこうした先生は、金儲けのために矯正治療しているのかというと、そうではない。単純に患者は自分のところでの治療を希望してきたのだからだと言う。なぜわざわざ自分のところでの治療を希望している患者を矯正歯科医に紹介するのか、あるいは矯正治療くらい誰でもできると考えている。もちろん、私の父や兄のように矯正治療に関心がない歯科医は、患者から歯並びの相談を受ければ矯正歯科医に紹介する。ところが少し矯正治療をかじった先生は、自分で治そうとする。ではなぜこうした考えになるのか、それは一般歯科医の多くは矯正治療のゴールを知らないからである。
マルチブラケット装置を扱う際には、矯正歯科治療のゴールというのを研修機関でさんざん叩き込まれる。具体的にいえば、大臼歯関係はI級、適切なオーバーバイト、オーバージェット、緊密な咬合、そして一番大事なのは美しいフェイスライン、こうしたゴールについて厳密な点数付けが可能であり、100点満点の何点と採点することができる。実際、専門医の症例審査では、こうしたクライテリアに従って点数を出して、その結果によって合否を判定する。一方、一般開業医には、こうした採点ができるか疑問である。例えば、歯のデコボコのケースでは、とりあえず並べればOKとする先生もいる。矯正歯科医では、もちろんデコボコは取るし、前歯、奥歯をしっかり噛ませて、綺麗なフェイスラインを作ろうとする。今時は矯正装置も発展しているので、形状記憶のワイヤーを入れれば、デコボコは容易に改善する。難しいのはきちんとしたゴールの達成で、これをマスターするのが大学の矯正歯科講座での最低でも3年の教育が必要である。その点、小児の矯正治療を主訴は大まかに治れば、子供も親も満足するのでまだしも、成人はこうはならない。そうしたこともあり、矯正歯科と標榜していても子供の矯正治療だけで大人の矯正治療は紹介するという先生は多い。問題はインビザラインによる矯正治療を勧める歯科医院である。インビザラインの患者の多くは成人症例で(子供はGO)、こうした患者は仕上げに厳しい。患者を満足させるにはマルチブラケット装置でも難しく、ましてやインビザラインで治療ゴールを達成するのはさらに難しく、クレームになるリスクが高い。矯正歯科医の場合は、最悪、インビザラインからワイヤー矯正、外科的矯正に変更することで治療は可能であるが、一般歯科医ではそうしたことができない。
料金も同じなので、なせ専門医のところで治療しないで一般歯科医で治療するのか、これは明らかに患者に責任がある。今時こうしたことはネット上では常識で、高い費用を出して、長い期間を費やすなら、どこで治療を受けるか。特に成人患者では、専門医で、少なくとも日本矯正歯科学会の認定医のところで治療を受けるしか選択肢はない。You Tubeで矯正歯科のチャンネルを見ていると、専門家から見ると素人レベルの先生が、さも知った顔をして語っている。私が尊敬し、臨床能力の優れている先生は、一切、YouTube、インスタには出ていないし、そもそも認定医の更新でネット広告がチェックされ、YouTubeの動画はダメであろう。皮肉な言い方をすれば、YouTubeで出てくる先生で派手に宣伝している歯科医院は、少なくとも医療広告法あるいは学会の倫理規定に反しており、そうした法律を破るようなところで治療を受けるのはいかがなものかと考えるし、多くは認定医の資格すらない、きつい言い方だが素人と言っても良い。素人のところで高い治療費を払い治療するのは患者にも責任がある。

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