2008年8月8日金曜日
奇跡のリンゴ
今評判の「奇跡のリンゴ」(石川 拓治著 幻冬舎)を読みました。絶対に不可能とされたリンゴの無肥料、無農薬による栽培を達成した記録です。弘前はリンゴ栽培では日本一のところですが、リンゴは害虫や病気が多いため、無農薬でやろうとするひともいませんし、また絶対に不可能とされていました。アダムとイブの時代のリンゴは無農薬だったのではと言われるかもしれませんが、当時のリンゴはほんとに小さく、食べてもそれほどおいしいものではなかったようです。現在の大型で甘いリンゴは、もとから肥料、農薬を使うことを前提としたもので、それなしで栽培することは不可能とされていました。
8年間、リンゴの収穫はなく、無収入で、家族も貧乏のどんどこに。キャバレーの客引きをしたり、山谷にホームレスの生活をしながらも、無農薬、無肥料による栽培を目指すも、もう駄目だと思い、岩木山に死に場所を探した。そこに幻影と思えるリンゴの木をみつけ、それをきっかけに自然農法による栽培に活路を見いだす。
中身は読んでのお楽しみですが、こういった不可能なことに挑戦するひとは、科学、医学あるいは工業品の分野でも、どこか狂気じみたところがないと難しいようです。たかがリンゴと、ひとはいうけれど、この本を読むと木村秋則の挑戦は、ノーベル賞をとる発明過程とそれほど変わりません。むしろ生活がかかっているだけ、よけいにきついものだったと思います。
気候によるのか、人種がちょっと違うのか、津軽には時たまこのような人が現れます。つい最近、「情熱大陸」に出たイタリア料理の笹森さんも同様で、自分のところで出す料理の素材、野菜からチーズ、ハムまで手作りで、さらにワイン作りも試みるという強者です。木村さんも歯の抜けた普通のおじさんですが、どこにそんな情熱が出てくるか不思議です。何か風土によるものがあるのでしょう。
この本にしても、木村さんは文を書く力もありませんので石川さんが代筆したようなもので、元となったNHKの「プロフェッショナル仕事の流儀」にしても、ディレクターの柴田周平さんが弘前出身だった縁で取り上げられたようです。地元ではほとんど知られていませんので、このまま誰も取り上げられなければただの変人で終わったでしょう。このように全国的に取り上げられることで注目されるようになりました。こういった事例がこれまた津軽では多くあり、むしろ東京や大阪、あるいは海外から評価されることが多いようです。画家の
奈良美智さんも今や世界でも有名な現代絵画の旗手ですが、地元の中学、高校の同級生に聞いてもあまり存在感はなかったようです。こういった地元で評価されない風土こそかえって、なにくそ、「えふりこぎ」(かっこつける)の精神で反逆的な行動にでるのかもしれません。
自殺を考える若いひとからの相談に対して、木村さんは「バカになればいいんだと言いました。バカになるって、やってみればわかると思うけれど、そんなに簡単なことではないんだよ。だけどさ、死ぬくらいなら、その前に一回はバカになってきたらいい。ひとつのものに狂えば、いつかは必ず答えに巡り合うことができるのだよ」
この思想は吉田松陰の好きな「狂」の思想、「道を興すには狂者に非ざれば興すこと能わず」と全く同じ発想であるのは面白いと思います。木村が無農薬によるリンゴ栽培を目指したのは1978年ころで、世間ではバブル期前とはいえ、私だってディスコにも行っていた時代である。よく家族もついてきたと思うし、それを許される土地柄でもあったのでしょう。
高校生の娘の夏休みの指定図書には、「海と毒薬」、「博士の愛した数式」、「人間失格」などがありますが、せっかく地元にもこんなひとがいるのですから、若いひとには是非とも読んでほしい本です。
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