2010年6月27日日曜日

大往生なんかせんでもええやん


 高校の同窓会の掲示板で、同級生の桜井隆くんが今度、講談社から「大往生なんかせんでもええやろ」という本を出しましたと載っていました。彼とは同じ尼崎出身でしたが、中学、高校ともグループが違ったせいか、それほどいつも一緒という仲ではありませんでした。どちらかというと優等生ではなく、やや反体制的な点では近かったと思います。といっても学校の規則づくしのやり方にやや反抗的であったというくらいのものですが。前から桜井くんが在宅診療では有名だということは知っていましたが、へえあの桜井がというのが正直な感想です。

 本書を読むと、ひとはいつかは死ぬ、家で最後を迎えたいひとは、できるだけ本人、家族の意思をかなえるよう医師としてサポートしたいという彼の熱い、きわめて当然な想いがよく理解できました。以前ある教授に、日本人の平均年齢はだんだん高くなってきているが、医師としての最終的な目的は何かと聞くと、「永遠さ」と自嘲気味答えてくれました。科学者、医師としてはすべての患者の病気を直し、永遠の命をもたらすことが、確かに医学の究極な目的かもしれないが、そんなことは不可能であるとわかっていての答えでした。新しい治療薬、手術を研究、開発してガンをなおす、仮に治すことができても、今度は認知症の症状がでてくる。そこで認知症を治す薬ができても、違った問題がでてくる。こういった発想は確かに永遠の命を目的にしたものですが、桜井くんの発想は違う。ひとはいつかは確実に死ぬ であれば本人、家族にとっていい死を迎えさせることができるか、ここが出発点となる。私自身も最後はやはり住み慣れた家で死にたいし、最後まで家族、友人と話したいし、酒は飲みたいし、旅行もしたい。したいと思っていても、それをサポートするシステムがなければ、無理な話で、桜井くんは紆余曲折しながら何とか実践してきているし、制度の整備にも力を尽くしている。本書では医師の仕事の大変さについてはさらりと書かれていますが、経営的にも、精神的にも、在宅看取りするのは、医師としてはかなり大変であろう。モンスターペシェントと呼ばれる患者あるいはその家族もいて、やりがいがあると思うのが4割、残り6割はかなり精神的にはつらい場面もあるでしょう。時にはやってられないと思うかもしれないし、医師も人間であるから、休養やストレスの発散も必要です。患者にとって医師は一対一の関係ですが、医師にとっての患者は多くの患者の一人なのです。まして看取りの段階になると、患者や家族はある意味自分勝手で、24時間、いつでも、みてほしい、世話してほしいというある意味非常識な要求もでよう。何かあれば携帯に連絡するようにと桜井くんは淡々と患者に話すが、これは医師にとり自分の安息を犠牲にすることであり、また患者といくら世話話をしても診療報酬には結びつかない。

 幸いなことに桜井くんの活動に共鳴する医師、スタッフも増えているようですし、モルヒネ投薬の浸透、各種の介護器機の発達もあり、苦しまなくてすむ死の迎え方も定着しつつあるようです。ただ要は医師、スタッフと患者、家族との信頼関係であり、この信頼関係の構築には医師、スタッフの資質や生き方も問われると思います。最近は医学部の入試も難しくなり、学校で一番優秀な学生から医学部へという風潮もあるようですが、必ずしも勉強ができる=いい医師とは限りません。患者から看取ってほしい医師になるには、医師としての臨床能力も必要ですが、それ以上に人間性が大事で、そういった医学教育も必要でしょう。

 医学の究極の目標は不死かもしれませんし、人間の寿命は120歳まで延ばせるという報告もありますが、平均寿命を一歳増加させる努力、費用から、いい最後を迎えられるようなシステムにパラダイムシフトする時期にきているかもしれません。また医学教育もきちんとした看取りのできる医師、家庭医、スタッフ、介護士を確保できるものにしてほしいと思います。まだまだ桜井くんのような医師は日本では少ないと思います。
 
 以前のブログで紹介した鈴木貫太郎の臨終の模様をもう一度「妻と家族のみが知る宰相」(保坂正康著、 毎日新聞社)から引用します。「亡くなるとき、荒く、大きかった呼吸がだんだん静かに、小さくなって行きましたが、このとき室内に、30人ぐらいの家人や親しい方がいて、病床を取り巻いていました。私は背を撫でていましたが、その人々が一人一人手をにぎり、お別れして下さいました。そのとき誰の口からともなく、観音経の偈が唱えられました。 念彼観音力 衆怨悉退散 30何人の人が、一人残らず、念彼観音力と唱和しました。庭にも農事研究会の人たちはじめ、たくさんの方がいらっしゃいましたが、この方たちも、一緒に読経に唱和されて、いいようもない荘厳な死を迎えたのでございます。」

 病院での死より、こういった自宅での看取りを希望する人も増えることであろうし、それを可能にするシステムについても、本書にはくわしく書かれている。一読を勧めます。

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