2021年4月13日火曜日

ディスカバーニッケイの掲載されました。

 


 先日のブログでも紹介しましたが、全米日系人博物館が主催する“ディスカバーニッケイ”に投稿していた記事が、掲載されました。2017年に出版した“須藤かくー日系アメリカ人最初の女医—”をコンパクトにまとめたもので、第1部、第2部に分けて掲載されています。

 

 季刊誌“横濱”の2021年新春号に掲載されていた斎藤多喜夫先生の“横浜人物誌・特別編—その4—共立女学校出身の女医 須藤かく”には最近、斎藤先生が横浜開港記念館で発見した須藤かく、阿部はな、ケルシーの写真が掲載されています。斎藤先生に連絡すると、最近、日下部金兵衞のコレクションで見つけた写真だそうです。先生から横浜開港記念館の複写請求、引用許可の方法などを丁寧に教えてもらい、送られてきたCDにはケルシーの兄のいるフェアーポートで撮影した写真が入っていました。掲載した写真以外にも須藤と阿部が一緒に写った写真もありました。

 

 日系アメリカ人の多くは2世、3, 4世、5世で、日本語の記事は読めないので、何とか日本語の記事だけでなく、英文にも翻訳しようと考えました。ある程度、ラフに訳して、それを知人のアメリカ人教師に見せて、最低限の修正をしてもらいました。その後、ディスカバーニッケイの編集部に送ると、本当に丁寧な校正をしてもらいました。おかげでぶつ切りの文体が、滑らかに読みやすいものになり、大変助かりました。英文に関しては、どれが正しいのかはわかりませんので、修正された箇所はそのまま変更しました。本日、知人のアメリカ教授に見てもらうと、いわゆる研究論文や本の文体ではないが、一般読者には見やすい文体になっていると褒めていただきました。

 

 内容は大きな変更はなく、元々は生粋の日本人の私が書いているため、かなり読みやすい英文記事だと思います。早速、お世話になった在住アメリカの友人に、英文記事がディスカバーニッケイに載っているので、見て欲しいというメールを送りました。特に須藤かくの妹の孫である、フランシス・オガサワラさんには先に本を送りましたが、日本語はできないようでしたので、今回のディスカバーニッケイの英文記事を是非見て欲しいと思っています。またシンシナティー美術館の東洋部門主任とホウメイさんとその友人、ナンシーさんにはある程度の本の内容はメール、訪日した折に、口頭で説明しましたが、うまく伝わらなかったと思い、今回の英文記事は理解に役立つものになるでしょう。

 

 それにしても、こうしたウエブマガジンも、まず原稿を集め、それを編集者がうまくまとめて修正し、そしてマガジンに載せる、簡単そうに見えて、難しい仕事だと思います。さらにこのマガジンでは日本語、英語、スペイン語、ポルトガル語で原稿を掲載しており、必要あれば、編集の方で、翻訳もしているようです。実際、私の記事も、英語の元原稿があったとはいえ、本当にうまく翻訳されており、編集部の実力を知ることができます。優秀な編集員です。

 

 成田一家については、青森県の出身であることは、各種の書類から確実ですが、青森のどこの生まれであるかはわかっていません。渡米した時に成田やそきち、まや夫婦の上の二人は長女マヤは15歳、長男10歳でしたので、日本の小学校に行っていたと考え、弘前市の小学校、朝陽小学校、和徳小学校、時敏小学校の卒業名簿から探していますが、今のところ該当者がいません。もう少し範囲を広げて探そうと思いますが、早い時期に青森から横浜に移り、そこの小学校に行っていた可能性もあります。ただ士族の娘、須藤かくの妹と結婚したことから、成田やそきちも士族あるいは卒族の可能性も高く、その線からもさらに調べていこうと思います。さらにアメリカへの渡米に際する査証の記録が日本外交資料館にあると思われますので、一度、調べに行きたいと思っています。

 

 

http://www.discovernikkei.org/ja/


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