2007年8月9日木曜日

「花の回廊」と東難波町


驚いた。宮本輝の新作「花の回廊」は私の生まれ育った尼崎市東難波町が舞台です。この作品は「流転の海」の第五部にあたり、宮本さんのライフワークと呼べるもので、大変好きなシリーズです。今回の作品では主人公の松坂熊吾の1人息子伸仁が、困窮のため両親と離れておばのいる尼崎の東難波町の一風変わったアパートに住み、そこの住人との壮絶な関係を描いたものです。
あまりにリアルなため、宮本さんのHPの履歴を調べると、宮本さん自身小学5年生から卒業まで尼崎市東難波町に住み、難波小学校に通っていたようです。主要な舞台である蘭月ビルというアパートは阪神バスの東難波の停留所前、映画館の隣にあったようです。この映画館は確か大映の映画館で、子どもたちは若大将シリーズやゴジラなどの東宝系の映画館に行っていたため、あまりなじみはありません。阪神尼崎から三和商店街をまっすぐに行き、次の道を右に折れていき、国道を渡ったところです。この道沿いにはパチンコ屋やいかがわしいキャバレーなどがいっぱいあり、お世辞にもいい環境とはいえません。はてこの映画館の横にこんなビルがあったかとなると記憶がはっきりしません。確かに映画館の隣に秋月ビルというビルがあり、裏にはお好み屋があったような気がしますが、普通のビルだったようです。宮本さんと私では年齢差が9歳ほどあるため、私の知っている頃にはだいぶ変わっていたのかもしれません。
難波小学校についても、校門の前に文具屋があり、記念切手などが売っていたという記述があります。3、4坪ほどの小さな文具店で私のころは、プラモデルブームで表のショーケースには完成品のプラモデルが展示されていて子どもたちは食い入るように眺めていました。店内に入ると左手に切手売り場、右手にはプラモデル、奥には文具が並べられていて、いつも店内は子どもたちで足の踏み場もないほど混雑していました。学校の東隣には難波公園があり、そこから東に3つの道がありました。私の家は左と真ん中の道をまっすぐに行ったところでしたが、右の道はたいへんぶっそうなところでした。花の回廊で描かれているような在日朝鮮、韓国人や労働者、クスリをやっているひとがたくさんいて、一杯飲み屋、ホルモン屋やなにかわからないような店やアパートが密集していました。またこの道からひと二人が歩けるくらいの狭い横町がたくさんあって、夕方になると七輪で魚を焼いたりする光景があちこちでありました。小学校4年生ころだったでしょうか、6年生くらいの上級生に脅され、ここらのアパートにつれていかれ、宿題を手伝わされたりしたこともありました。4畳半の部屋に一家5人が生活していました。この界隈はタバコ屋と理髪店がある交差点が入り口で公園までの一帯でした。昔は青線もあったようですし、殺人やけんかもよくあったようです。近くの銭湯にいくと何人かのひとは必ずいれずみをしていました。伸仁くんはこの道のさらに右の道を通ってアパートに帰っていったようです。
小説には甲田という鉄工所を経営する人物も登場しますが、これも一字違いで実際にいたひとで、小説とはいいながらかなり実体験も入っていると思います。私のいた当時でもどぶに流れている米粒をスプーンですくって食べている浮浪者をみて、絶対にこんな生活はしたくないと思ったり、遠足に行くときの弁当がなくて先生がだまって作ってやったりするほど貧しい人たちが集まっていた地区で、宮本さんのいた時にはおそらく小説に出てくるようなことも本当にあったのでしょう。
それにしても作家というのはすごい。子どものころもわずか2年間の生活をこれほど鮮明に覚えている才能と感受性はすごいと思います。主人公の熊吾やその妻房江も1人息子の伸仁をこんな環境にいたら、とんでもない人生を歩むと考え、中学は絶対に私立に行かそうと強く思うのですが、まさしく私の母もそうでした。ところが当の本人はこんな親の思惑とは別にすぐにこんな環境にも慣れて、楽しんでいたと思います。友人の家での楽しみは部屋の中でのプロレスで、そこのお父さんは昼間から酒浸りで、いつも赤い顔をしていましたが、プロレスで部屋の中のものを壊しても、もっと壊してしまえと声援を送るひとでした。べったん、ベーゴマ、銀玉鉄砲、ケンパなど毎日よくも遊んでいたものと思いますが、そんな子どもが悪い子と付き合うのは歯医者であった親を心配したのでしょう。しょっちゅうあの子と遊ぶなとか、あんな所にいくなと言われていました。全く房江から伸仁への小言と同じです。ただ花の回廊では在日朝鮮人、韓国人の扱いが大きいようですが、当時はほとんどの人が日本名を名乗っていましたので、子どもには区別がつかず、ちょっとうちとは違うなあと感じてもとくに意識したことはなかったと思います。
こんな所で育つとどんな高級な料理を食べたり、ホテルに泊まっても、「しょせん尼の子、かっこつけるな」という声が心の中でリフレインします。

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