2009年2月1日日曜日

歯科教育の危機



 6年間歯科大学に行って、無事卒業し、国家試験に合格しても、全く歯科治療ができないと言うと、驚かれる方も多いと思いますが、これは事実です。
 
 親父が学生だったころ(60年前)は、患者さんを実際にみる実習にかなりの時間がさかれていたため、卒業した時点では一般的な治療はほとんどできたそうです。強者は学生時代に歯科医院にバイトに行き、生活費を相当かせいでいたようです(もちろん当時でも違法ですが)。国家試験も実際の患者さんに治療をしてそれを試験官が評価するというものでした。

私の時代(30年前)では、6年生になると患者さんを配当され、入れ歯は何ケース、差し歯は何本、詰め物は何本という風に課題があり、それをクリアーしないと卒業できませんでした。国家試験もさすがに実際の患者さんを見るということはなくなりましたが、ペーパー試験以外にも抜いた歯を用いての実習試験がありました(昭和58年から廃止)。卒業すれば、そこそこ治療はできました。

 今はどうなっているかというと、これはいろいろな研修医から聞いたことですが、基本的には6年間の歯科大学では患者さんには一切ふれないようで、あくまで見学が主体です。国家試験から実習試験はなくなり、6年生の一年間はほぼ国家試験の勉強が中心です。入れ歯も実際に作ることはなく、ビデオをみておしまいで、ほとんどの授業は座学です。

 こうなった訳は、国家試験も通っていない学生が治療して何かあればどうするのかという責任問題が関連しています。そうして国家試験合格後、1年間研修医として大学病院や私のところのような研修機関で研修を受けます。ただ開業医にしてみれば、一度も患者さんに見たことがないドクターに治療させるわけにもいかず、ここでも見学が主体となります。その後、開業医に勤めるわけですが、今や開業医も飽和状態で、勤め先も限られ、給料も安く、医院の掃除などもさせられるかわいそうなドクターもいる始末です。

 アメリカの歯科大学は、優秀な臨床医を作ることを教育の主眼としているため、今でも実習中心の授業を行っています。一般歯科より相当安い治療費のため、患者さんも多く、朝から晩まで学生は患者さんの治療をしています。ヨーロッパやアジアの諸国も同様です。

 歯科は医科と違い、実際に手を動かし治療することが大切です。歯科大学の多くはもともと専門学校から昇格したもので、ある種の技能をそこで学ぶためのものでした。今の歯科大学は、美容学校に行っても、実際に一度もカットしたこともなければ、シャンプーもしたこともないと状況と同じです。

 こういった歯科教育の危機的な状況に関しては、マスコミも歯科界でもあまり関心はありません。ひとつには歯科医も「若手には臨床はまだまだ負けない」と臨床のできない歯科医をライバルが減るという理由で歓迎しているむきもありますし、歯科大学も大学の存続自体が危なくなり、臨床のできる優秀な歯科医を育てるより国家試験に合格させることを目標にしたからです。また厚労省や文科省も国家試験の合格していない学生に患者を見させて、問題があれば自分たちの責任になるのを回避したいですし、これは大学当局も同様です。結局、教育に関わるすべての機関が責任を回避しているのです。

 さすがに平成21年1月30日の文科省有識者会議では、歯科医師国家試験での実地試験と臨床実習の患者の協力が得られない歯科大学の定員削減を提唱しています。もはや新卒歯科医の臨床能力低下は座視できない状況にきているのでしょう。また大学よっては患者数の激減が深刻で、ある矯正科では零細なうちより患者数が少なく、それを20名を超える医局員でみているわけですから、なかなか臨床を学ぶチャンスが少ない状況です。歯科大学の定員削減もまた避けられない状況です。

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