2018年1月24日水曜日

弘前市の地番



新町 明治六年ころの地番

現在の新町の地番

坂本町


現在の住所は、私の家でいうなら“弘前市坂本町14番地”となるが、これが江戸時代であれば“弘前 坂本丁の広瀬”である。昔は、特に番地などの地番がなくても、社会的にもあるいは生活面でも全く困ることはなかった。明治六年(1873)の地租改正に伴い土地に課税されることとなり、個々の家の所在地をはっきりさせるために、地図上に番号をふった。この番号が後の土地登記、戸籍の作成に活用されることになり、今のような番地となった。最初は家一軒ごとに番地をつけたが、その後、大きな土地が分割されて住むようになると、さらに番地に枝番がつくようになり、一番地1と表現される。また現在では二丁目というような丁“が番地の前につくところもあるが、もともと町”は丁“と表現され、つまり英語でいうところの”Street”の意味である。区画ではなく、道路沿いの家並みが“町”となった。私のところは坂本ストリートで、それに玄関が面しているので、坂本町(丁)となり、そこに交差する上柳ストリートに面する家は上(南)柳町(丁)となる、交差点の家は、その家の玄関がどちらを向いているかで町名はかわる(もともとの大きな家の玄関がどの道に面するかで町名が決まるため、分割されて枝番になった家屋の玄関が南柳町に面しても住所は坂本町になる)。そのため〜丁目〜番地は、ストリートが二重となり少しおかしな表現である。弘前市では、旧市街地はすべて番地だけで、住所に〜丁目がつく土地は、新しく開発された地区あるいは町名が新しくなったところである。こうしたことから弘前では地番を見るだけで、1。旧市街がどうか、2。明治後に土地が分割されたか、を知ることができる。丁目がなく、番地の枝番もなければ明治以降、土地に変化がなかったことを意味する。ただうちの場合も明治以降、分割、統合を繰り返されているため、枝番は3つあるが、住所としてそれを代表して番地を出している。登記上、枝番もない土地は少ないと思う。

それでは番地などの地番は、時代により変わるかというと、これがしょっちゅう変わっているので、昔の人の生誕地が戸籍などでわかっても、今の番地とは違い、ここが生誕地とは断定しにくい。これは地番の付け方に問題があり、基本的には、東南あるいはその町の中心に近いところから番地をつけ始める。弘前の場合は弘前城が中心なので、そこに近い方から一番地とする。道をはさんで二番地、元の道並みにもどって三番地と交互に番地が進んでいくが、連続する場合もある。国有地には地租はかからなかったので番地はなく、無番地となる。また士族町も元々は藩主のもので、明治初期に個人所有になったが、しばらくは無番地であった。ただ後年、土地を分割(分筆)すると枝番になったり、新たな土地には最後の番地の次の番号がつけられたりする。そのため一番地の次が二番地の1、次が二番地の2、その裏の人の住んでいなかった土地が六十六番地になったりする。こうしたことが重なると、全く連続しないでたらめな順番となる。その度、番地の変更が行われ、また最初から番地が直される。例えば、現在の番地と明治六年ころの弘前市新町付近の番地を比較すると、その変化がよくわかる。昔の一番地、二番地は道路でなくなっており、六番地は五番地と一緒になり、十六、二十、二十二番地はこれも一緒になり二十四番地となり、二十五番地以降はすべて一つずつずれている。通常、土地が合わさると(合筆)、番地の若い番号となるが、これも例外が多い。同様に駒越町も四十番地くらいまでは明治六年地籍図と一致しているが、そこからはずれている。一方、西大工町は新町の一部で分断されて、町の一部が飛び地となっているが、番地は飛び地部分からずれており、再開部の番地が明治初期では十七番地であったが、今の番地は二十四番地とずれが大きい。

 住宅地図やGoogle Mapなどに記載されている住居表示と、土地登記上の地番が違うことがある。例えば東京タワーの地番は、東京都港区芝公園4丁目407番地6であるが、住宅表示は東京都港区芝公園4丁目28号と異なる。土地の固定資産税に記載されるものが地番だが、弘前の場合、とくに旧市内では一致することも多い。玄関の位置がどの道に面していたのかで、所属する町名が決まるということを知るだけでも複雑な弘前の土地区画が理解でき、面白い。坂本町の場合、一番地は土手町の隣で、すぐに南瓦ヶ町と西川岸町で寸断され、さらに田代町、北瓦ヶ町、山下町、南柳町で寸断され、3つの固まりに分断されている。番地としては1から16番地までしかないのに3つに分断されており、不合理で、これまで150年間、誰かが町名変更しろと提案しただろうが、頑固に反対した人に敬意を表したい。町には不可思議なことがあった方が面白く、そのひとつが地番であり、その歴史を遡ることで、昔の風景が見えてくる。。


1 件のコメント:

Hideetu Izumiya さんのコメント...

こんにちは
祖父の住所は蔵主町です