2009年4月19日日曜日
永遠の処女 原節子
原節子さんほど、映画史の中で輝いている女優さんはいません。戦前、戦後多くの映画に出演していますが、小津安二郎監督の「東京物語」、「晩春」、「麦秋」などの一連の作品にでているおかげで、映画史上に残る女優さんになっています。俳優さんは出ている映画によって評価されるため、いくら才能があっても作品に恵まれないと忘れてしまいます。その点、小津の代表作に出演している彼女は映画がある限りは、必ず忘れ去られない女優さんになったわけです。42歳で引退し、その後は外部との接触をいっさい断った生き方はもはや伝説になっており、その神秘性と相まってまさしく日本映画の名花と言えるでしょう。まだ生きているのでしょうか。一度は小津も含めた日本映画史のエピソードを語っていただきたいと思います。今敏監督の「千年女優」は非常に凝った内容のアニメで大変好きな作品ですが、明らかに原節子さんをモデルにしていると思います(ちなみに今監督の作品の中でもベストでしょう)。女優さんにとって、最もつらいことは歳をとり、容姿がくずれることでしょう。若くてきれいな姿が映画の中で生き続け、その中で年取った姿を再び出すことほど残酷なことはありません。後期の作品では背中のラインに歳を感じさせ、本人にとってはこれが女優としての限界と感じたのかもしれません。イングリット・バーグマンも「オリエント急行殺人事件」に60歳くらいででていましたが、なんだかファンとしてはさびしい思いがしました。
写真は戦前の原節子さんのブロマイドです。父の遺品のひとつで勝手にもらいました。おそらく戦前の昭和12年から15年くらいのものと思います。2枚には直筆のサインが、もうひとつのは印刷されたサインが入っています。サインは2種類のものがあり、ひとつは原節子と何とか読めますが、もうひとつはまったく読めません。ただ印刷したサインはこのサインです。また写真の右下にはKかRをかたどった刻印が入っています。とてもきれいなひとで日本人離れした顔つきです。戦後の最初の作品、黒沢明監督の「わが青春に悔いなし」、これはそれほどいい作品ではありませんが、当時はブラジャーがなかったせいか、原節子さんの胸が揺れているのがどうもエロチックでした。おやじがどういった経緯で手に入れたか知りませんが、私の大切な宝物になりました。
調べると、引退後は鎌倉市で親戚と一緒に住んでいたようですが、今は都内の介護施設に入居しているようです。今年の6月で89歳です。
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2 件のコメント:
2段目左の写真は、黒澤明の『姿三四郎』などに出た、轟夕紀子さんではないでしょうか。
http://hori109.blog.ocn.ne.jp/blog/2008/12/1955_5ceb.html
大変貴重なコレクションですね。
返事が遅れて申し訳ございません。よく見るとサインはひらがなで”とどろき”となっています。指摘の通りです。ただこのサインは印刷です。ご指摘ありがとうございます。
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