2009年7月10日金曜日
傷はぜったい消毒するな
前回に続いて歯科における感染対策について考えてみます。「傷はぜったい消毒するな」(光文社新書 夏井睦)は、非常におもしろい本で、既存の医療に攻撃的な論調ですが、内容は説得力があります。著者は、形成外科医で履歴から私とほぼ同年齢で、歯学部の口蓋裂診療班で接触があったかもしれません。傷は乾燥させない、消毒するとかえって傷の治りを遅らせることを具体的な例を挙げて説明しています。皮膚の細胞は乾燥に弱く、従来のかさぶたを早く作るためにせっせとガーゼを替えることはかえって治癒を遅らせ、また消毒剤は細菌を変性させて殺すだけでなく、修復に必要な細胞も殺し、これも治癒を遅らせる原因となっているとしています。また、皮膚には常在菌があるため、いくら皮膚を消毒しても、毛根内ある細菌を殺すことは熱湯に皮膚をつけるかしないと無理で、そういった試みはナンセンスとしています。注射する際にアルコール綿で皮膚をふいてから注射をしますが、アルコールでふいても一瞬は消毒できても結局は皮膚を消毒することはできず、全く意味がないとしていますし、現に水でふくのと結果はかわらないようです。
著書やホームページ上で、汚い例として挙げられる場所として肛門と口が出てきます。おしりをふくのに滅菌したトイレットペーパを使う無意味さやインプラント手術のためにクリーンルームを自慢する歯科医を笑っています。
「要するに口腔内の手術は大腸と同じで,どう頑張っても無菌にはできないのだ。クリーンルームにおいてもウンコは細菌だらけであるのと同様,クリーンルームでの患者の口の中は細菌だらけなのである。要するにこれは「クリーンルームを使っていますよ」という見せ掛けのポーズに過ぎないと思う。」
夏井先生の基本的な滅菌の考え方をHPから引用します
従来の以上の2つの条件を組み合わせて,それぞれ,滅菌物が必要かどうかを考えてみる.
本質的に無菌の部位・組織 無菌でない部位・組織
使いまわされる器具・材料 滅菌が必要 滅菌が必要
使いまわされない器具・材料 滅菌が必要 滅菌は必ずしも必要でない
ここでは滅菌は必ずしも必要ではないとしていますが、先生の論調としては必要ないという感じです。特に肛門、口>皮膚の順で滅菌は不必要と考えられます。歯科用手袋に関しては、すでに滅菌したものを使おうと、未滅菌のものを使おうと抜歯後の感染には差がないことがわかっています。同様にガーゼなども同じ結果になると思います。矯正に使われるワイヤーやゴム、結紮線、ブラケットなども滅菌の必要はないということです。麻酔をするときに歯茎を完全に消毒してから注射する歯科医は少ないと思いますが、とくにそこから感染したケースも知りません。使い回される器具のプライヤーやバーなどは患者—患者の交差感染の意味からも滅菌は必要ですので、夏井先生の考え方は十分に納得できます。
歯科医院ではオートクレーブという高圧高温による滅菌器機が使われています。菌のなかには芽胞を作る細菌(破傷風、炭疽菌、ボツリヌス菌)のような100度の熱湯の中でも死なない細菌がいます。これを殺すためには180度以上あるいは高圧下で殺す必要があります。ここまできて初めてすべての殺菌が死んだ状態、滅菌になるのです。よく考えると炭疽菌、ボツリヌス菌などは細菌テロでなければ見かけない代物ですし、破傷風菌も土の中にはいても通常医院の中には存在しない菌です。強い菌を殺すには、人間も殺しかねないような強い状況(高温、高圧)や薬剤が必要です。グルタラールという劇薬は高い温度をかけられない器材の消毒に使われますが、大変な劇薬で、かなり薄めて排出しても海や川などの汚染につながるでしょうし、すすぎが不完全であれば接触性皮膚炎を起こす可能性もあります。一方、交差感染で問題になるのは肝炎やエイズなどので、これらは弱いウイルスで簡単に死にます。80-90度くらいのお湯でも死にます。飛躍して考えれば、歯科の感染対策としては、むしろ多量のお湯でよく洗う医療用の洗浄機の方が、排出物も含めて適しているかもしれません。
夏井先生の考えは自身のHPにくわしく書かれていますので、お読みください。
http://www.wound-treatment.jp/
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