2024年4月7日日曜日

開業医の正体 松永正訓 著

 

以前から評判になっていた「開業医の正体 患者、看護婦、お金のすべて」(松永正訓、中公新書クラレ)を一気に読んだ。経営のことまで詳細に書かれており、そこまで公表していいのだろうかと思ったほどである。著者の経歴を見ると1961年生まれ、1987年に千葉大学医学部を卒業して小児外科医となり、今は小児科の開業医として多忙な仕事をしながら、多くの本を出版している。本書もベストセラーとなり確か3万部ほど売れているそうだ。

 

私は1956年生まれだから、5歳ほど年下ということになるし、医科と歯科では全く環境は違うし、外科の中でも小児外科を専攻したのも特殊である。それでもほぼ同じ時代のことなので、本を読んでみて共感することが多かった。私の場合は、最初に小児歯科講座に入局してのが、1981年、その後、3年ほどそこで研修をした後、1984年に鹿児島大学矯正歯科学講座に入局した。当時はまだ大学院に行くか、研究生に行くかの選択ができたが、その後、医学部、歯学部とも大学院大学になると、基本的には大学院に行かないと入局できないようになった。松永先生はその最初の頃で、大学院を卒業して、博士号を取得し、その後も臨床、特に手術数をこなしながら、基礎研究で活躍されている。私のいた頃は、研究より臨床が好きで、大学院に行かなかった先生もいた。叩き上げの先生と呼ばれていて、最古参の助手、筆頭助手くらいになると、臨床症例を集めて論文博士を取得する。こうした基礎研究を重視する制度はしばらく続いたが、20年ほど前から、弘前大学医学部病院の教授の経歴を見ても、臨床しかしていない先生が出てきた。最近では教授選考では基礎論文云々よりは、手術手技を見る傾向があり、わざわざ大学の教授選考委員が、候補者の手術を見学に行くこともある。そうした流れで、今は若い医学生もあまり大学院には行かずに、専門医取得を目標にするようになり、これが松永先生の時代とは違う。

 

この本では、大学病院の先生、病院の勤務医、そして開業医の違いをわかりやすく説明していて、収入、自由時間はこの順に増える一方、やりがいは逆の順になるようだ。特に外科の先生の考えだろうが、松永先生のように病院で小児の手術を数多く経験した先生からすれば、開業医での仕事では、そもそも手術がなく、そうした点では不満が残るのであろう。開業医には名医はいないと言い切っているが、本当にそうであり、高度な手技、経験を必要とある手術では名人がいても、そもそも開業医でそうしたことをすること自体ない。的確に、見落としなく診断し、問題があれば大学病院などに送るのがいい開業医なのである。

 

歯科の場合は、口腔外科を除くと、高度医療機関という概念が少なく、大学病院での治療と開業医との治療はそれほど違わない。矯正歯科で言えば、ほぼ同じと言って良い。ただ大学病院では、口蓋裂、トリチャーコリンズ症候群、マルファン症候群など先天性疾患に基づく不正咬合の矯正治療も行っている。ただこれも大学病院のない地方、私のいる青森県では弘前大学医学部病院の形成外科から私のところに紹介され、かなりの患者が集まっている。

 

この本では、それほど書かれていないことがある。手術ができて、そうしたことを生き甲斐にしている先生は、大学病院で高度な治療をしたいのだろう。ただ大学での生活はあまりに雑用が多く、何より給料が安く(国立の場合は国家公務員の給料)、私がいた当時も教授の給料は月で30-40万円くらいであった。国立大学の場合は、大学卒業からの年数で、給料級が決まり、それに医師手当がつく仕組みになっており、基本的には文学部など他学部の教授より少し高い程度であった。そのため、公務員の兼業は基本的には禁止されているが、大目に見られてアルバイトに励んだ。アルバイトによる収入で生活しているようなもので、給与だけであれば、朝から晩まで、次の日の日直までして働くという大学病院には残らないであろう。そうしたこともあり、優秀な外科医が、安い給料と忙しさにより大学を辞めて開業することがある。もったいない話である。これがアメリカであれば、同じ手術を受けるにも治療費に差があり、経験豊かで優れた手技を持つ外科医は高い手術料がかかり、医師も大きな収入を得る。

 

個人的には、もはや大学院大学で基礎研究をして博士号をとる制度は時代に合わず、基礎研究は好きな他学部の研究者にさせて、臨床を中心としたアメリカ型の大学院大学に変更すべきである。臨床のトップである大学教授については、臨床、教育、研究のうち、研究の比重を減らし、臨床と教育に主眼を置くべきであろう。さらにいうと民間病院と大学病院の給料差があまりに多く、教授も含めてアルバイトをしないと厳しいという状況はなんとかならないものだろうか。民間病院でアルバイトをして生活費を稼ぎながら、症例数を増やし、大学では安い給料で雑用をして最新の医学を学ぶという民間病院と大学病院の相補性しか解決法はないのだろうか。一つの方法としては、これもアメリカでよく行われる方法であるが、大学病院の教授が民間病院の正式な職員となり、ここで手術などの治療を行う一方、民間病院の先生が大学病院の学生に教えるということがある。大学教授は、ここで高い給与を得る一方、勤務医は大学病院で教えることで最新の研究を知るとともに名誉も得られる。私も弘前大学病院歯科口腔外科で、30年ほど前から非常勤講師をさせてもらい、数年前までは月に1回は外来で診療していた。こうしたことは珍しいことで、大学病院と民間病院、開業医との3つの関係が、さらに交流しやすくなればいいかなあと思う。

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