2009年5月10日日曜日

自費治療


 日本の歯科における自費治療が主として材料の違いとして説明されてきたことを前章で述べました。また自費の最大のライバルは保険であること、日本の保険治療費が欧米に比べて極端に安いことを説明しました。さらに保険取り扱い医療機関では保険と自費で同じ処置をする場合は、自費でできないことになっています。つまり保険医療機関では抜歯は保険でしなくてはいけません。保険でカバーされていない処置のみが自費で治療できることになります。

 保険じゃ安すぎるというのであれば、保険医療機関にならず、自費治療専門になればよいと言われるかもしれませんが、実際にそれが可能なのは矯正治療だけです。この理由として、例えば根っこ治療の自費専門医になろうと思っても、保険治療費があまり安すぎるため、いくら高度な技術をもっていてもなかなか対抗しにくいからです。それでもごく少数ですが、専門開業している先生はいます。同様に口腔外科でも保険治療費の数十倍の費用を払い、口腔外科専門医で治療を受けたいという患者は少ないでしょう。

 また材料の差が関係ない口腔外科や保存などでは、いくらきちんとした治療をしたと思っても失敗の危険性があります。高い自費治療でするより、多少失敗しても安心な保険治療の方が気分的な楽だといった判断が歯科医にはあるでしょう。必然的に多くの歯科医院では保険医療機関でありながら、保険の点数だけでは経営的に困難なため、自費を勧める構図となります。保険適用外のインプラントや前歯部のセラミックによる修復などです。

一方、日本でも多くの歯科医は、自費の治療を材料の差とは患者説明に使っても、心の中では技術の差と考えています。ところが保険主体の治療を行っていくうち、いつの間にか技術の研鑽がなおざりにされ、研修会、学会への参加、発表や論文発表などをすることは皆無になり、結局は材料の差になってくようです。開業医の先生の中にも海外の学会にいったり、最新の器材を購入して技術の向上に励んでいる先生もいますが、どんな技術があっても保険診療では一律料金でそれも費用が安く、全くの徒労に終わってしまいます。技術の向上が診療の主体である保険治療では一切評価されず、また自費治療に見合った検査、診断、説明などの診療体制をとろうとしても、経営が成り立てません。極論すれば保険主体の治療では技術の向上はあまり必要がないといえます。

 テレビで出ているスーパドクターなどはアメリカでは途方もない治療費がかかり金持ちしか治療を受けられません。いいものは高くという鉄則です。ところが日本では誰でもこのような名医にも保険で治療を受けることができます。同様なことは歯科医でも言え、アメリカの専門医並みの技術と経験をもつ先生が存在しますが、新卒の先生と同じ保険料金で治療を受けることができます。

 さらに自費治療についても、本来はドクターの技術と経験が料金の差になるのですが、日本では料金的な差は少ないようです。インプラントや矯正治療もそうです。これは歯科医側が一律料金の保険料金を目安にしていることと、患者も同様だからです。あまり歯科医の経験、技術の差を考えず、近くだから、親切だからといった理由で歯科医を選ぶからのようです。ひとつには広告規制(最近はゆるくなりましたが)のため、歯科医の個人的な情報がわからず、もっぱら口コミでしか判断できない事情もあるでしょう。口コミも最近ではインターネット上で公開されていますが、これもHP制作会社による自作自演も多く、かえって混乱します。

 自費での治療を考えているひとは、ごく少数ですが存在する自費専門医院での治療を勧めます。それなりの覚悟で開業している訳ですから。また地方では専門医はほとんど存在しないので、どこの先生がいいか難しいのですが、ある程度経験のある先生で学会やスタディーグループでの発表を熱心にしている先生か、あるいは履歴をみてその先生の専門を知るのもいいでしょう。

 私の尊敬する先生で森克英というひとがいます。この先生はすでに引退していますが、多くの著書があり、アメリカの大学院でも毎年講義を行っていた世界的な臨床家です。この先生の専門は根っこの治療ですが、自分の治療経過については10,20,30年と責任をもって経過を追って行きます。ドイツに患者が転住するとなると知人の歯科医に紹介状を書き、そこでも定期的にレントゲンをとってもらい経過をみていきます。すばらしい臨床姿勢です。ほとんどマスコミにも取り上げられず、広告もしていませんので、歯科関係者以外にはそれほど知られていません。よく探せば、まだこういった先生はいます。

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