2009年5月25日月曜日
東奥義塾
弘前市にある私立東奥義塾高校は、前身の藩校稽古館から213年、明治5年義塾となって137年となる日本でも歴史のある学校のひとつであり、おそらく私学では東京の攻玉社に次ぐ、東北では最古の学校であろう。また福沢諭吉自ら義塾の名前を使用する許可を与えた唯一の地方学校でもある。Wikipediaを見ても、あまりOBのことが載せられていないが、随分多くの著名人を輩出している。私の調べた限りのOBを羅列する。(主たる活躍時期、主として江戸、明治生まれ)
珍田捨巳(明治 外交官、侍従長、伯爵)
一戸兵衛(明治 陸軍大将、学習院院長)
佐藤愛麿(明治 外交官 ポーツマス講和会議)
陸羯南(明治 ジャーナリスト 新聞日本 中退)
佐々木五三郎(明治 福祉事業家 東北育児園)
楠美恩三郎(明治 音楽教育家、平家琵琶、小学唱歌)
伊藤重(明治 医者 養生哲学 弘前市長 途中転校 )
藤田謙一(昭和 実業家 日本商工会議所初代会頭 中退)
一戸直蔵(明治 天文学者 変光星の観測)
柴四郎(明治 小説家、ジャーナリスト、政治家 会津出身 陸軍大将柴五朗兄)
江南哲夫(明治 銀行家、豪商、 会津出身)
石郷岡文吉(明治 政治家 弘前市長)
笹森宇一郎(明治 教育者 長崎鎮西学院院長)
中田 重治(明治、宗教家 日本ホーリネス教会創始者)
浜村蔵六(五代)(明治 篆刻)
畑井新喜司(大正 生物学者 東北大学教授 東京家政大学学長)
山田良政(大正 革命家、孫文協力者)
山田純三郎(昭和 革命家、孫文側近、協力者)
今和次郎(昭和、早稲田大学教授、考現学創始者)
今官一(昭和 作家 直木賞作家)
佐藤紅緑(昭和 小説家 中退)
柳田泉(昭和 早稲田大学教授 明治文学研究)
高杉滝蔵(昭和 早稲田大学教授 六大学野球に貢献)
浅田良逸(昭和 陸軍中将 )
今井冨士雄(昭和 考古学者、成蹊大学教授 先史遺跡調査)
葛原運次郎(昭和 教育者 弘前中学校長、弘前市長)
福士文治(昭和 政治家 弘前市長)
木村 守男(昭和 政治家 青森県知事 途中転校)
田沢吉郎(昭和 政治家 衆議院議員 農林水産大臣 防衛庁長官)
吉田豊(昭和 医学者 弘前大学学長、大腸がん潜血検査)
主として、調べた戦前の義塾のOBを挙げたが、戦後の人物についてはあまり知らない。明治5年に開校された義塾だが、経営難から大正2年をもって廃校されるが、有志の熱情で大正11年に再興された。
それにしても弘前、東奥義塾と青山学院の関連は深い。第二代院長本多庸一は東奥義塾の創立者で途中請われて青山学院へ、第6代院長阿部義宗は弘前出身、義塾理事であり、第7代院長笹森順造も東奥義塾を塾長として再開させた後に、青山学院の院長に(戦時中で廃校の危機にあった)、また第10代院長古坂ガン城の父親古坂啓之助も本多庸一の弟子になる東奥義塾の卒業生である。
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