2022年5月12日木曜日

アライナー矯正をしている先生 リスクを知ってほしい

 


 ものすごい勢いで、インビザラインに代表されるマウスピース矯正、アライナー矯正が流行っている。自費診療率を上げる有力なツールとして歯科の経営コンサルタントが着目しているのも理由の一つである。う蝕の減少に伴い、小児、若者層はほとんど歯科医院に行かなくなった。虫歯がないからであり、彼らが唯一、歯科医院を訪れるのはほとんど矯正治療のためである。これまでは矯正専門医に紹介していた先生も、インビザラインなどの講習会を受けると、紹介するよりは自分でしてみようと矯正治療を開始する。実際、インビザラインが日本に上陸したのはここ数年であり、ようやく最近になって、5年間治療したが治らない、最初の約束と結果が違うなどのクレームが増え、日本臨床矯正歯科医会の「矯正歯科何でも相談」コーナーにおいても年々、アライナー矯正に関するクレーム、相談が増え、2020年度の統計では500件くらいの相談のうち2030%の120件ほどがアライナー矯正に関するものであった。おそらくは2021年度、2022年の統計ではもっとアライナー矯正によるトラブルは増えるだろう。

 

ただアライナー矯正をしている先生を見ると、こうした治療の危険性をあまり感じておらず、ここでそのリスクについて説明する。

 

1.     レントゲン撮影をしない

 治療というのはまず検査をして、診断し、そして治療計画を立て、それを患者に説明して、承諾を得てから治療を開始する。とりわけ重要な検査は、セファロ写真分析(側方頭部X線規格写真)で、これにより上下のアゴの関係や歯の傾斜を調べて、不正咬合の分析を行い、その結果から治療計画を立てる。これは歯科大学でもはっきりと学生に教育されており、国家試験にも出題される。歯科医であるなら、知らないではすまない。それ故、一部の例外、ごくわずかな不正咬合を除けば、セファロ写真分析なして、治療を開始したとすれば、医院側の責任となる。もちろん、セファロ分析とその結果を元にした治療計画が、一般的な歯科矯正のレベルに達しているという前提が必要なのだが、これについては種々の解釈や治療法があるため、明らかな間違いがなければ責めることはできない。ただパントモ写真、模型だけで、セファロ写真分析をしていないと大きな問題となる。兵庫県歯科医師会のクレーム担当委員会では、矯正治療に関するトラブル案件があり、患者からクレームがきた際、歯科医院でセファロ写真分析をなされていない場合は、訴訟されると必ず負けるので、すぐに示談するよう勧告すると言っていた。おそらく診断不備、説明義務違反などで訴訟されると負ける公算が高い。

 

2.     薬機法未承認医薬品

基本的には医療で使う医薬品、機材などはその安全性を厚労省が調査して薬機法の承認を与える。ただアライナー矯正については現状では、薬機法未承認医療機材であり、その使用については患者に十分に説明をしないといけない。もちろん使っている素材そのものは、例えばマウスピース型保定装置に材料として薬機法に承認され、安全性が確立しているが、歯を動かす装置としては薬機法未承認である。以前、矯正歯科学会でも矯正用アンカースクリューを医療機材として承認してもらおうと学会をあげて活動し、何度も厚労省に陳情し、数年してようやく承認に至った経緯がある。この場合もチタンのインプラントとしてはすでに医療機材として承認されていたが、矯正用アンカースクリューとして認められなかった。そのため日本矯正歯科学会でもアライナー矯正による治療を行う際には、「歯科医師が患者への十分な情報提供を行った上、患者の理解と同意を得ること」となっている。具体的には未承認の機材であること、他の代替わり治療法として舌惻矯正、唇惻矯正などのワイヤー矯正法があることなどをきちんと説明しないと説明義務違反となる。通常の認可された医療機材より詳しい説明を要する。

 

3.     学会の見解

 日本の矯正歯科を代表する学会として日本矯正歯科学会があり、そこではアライナー矯正について公式な治療指針を発表している。その適応症として1。非抜歯症例で、以下の要件を満たす症例 軽度の空隙を有する症例、軽度の叢生で歯列の拡大により咬合の改善が見込まれる症例、大きな歯の移動を伴わない症例 2。矯正治療終了後の後戻りの改善症例 3。抜歯症例であっても歯の移動量が少なく、かつ傾斜移動のみで改善が見込まれる症例としていて、抜歯症例や骨格性不正咬合症例は推奨されないとしている。

https://www.jos.gr.jp/asset/aligner_pointer.pdf

 

さらに矯正歯科専門医の集まりである日本臨床矯正歯科医会では、治療のゴールはマルチブラケット装置によるものと同等でなければいけない、アライナー矯正をする歯科医はマルチブラケット装置による治療技術を習得していることなどをあげている。アライナー矯正に治療費はワイヤー矯正の治療費に比べて安いものでなく、同等の治療結果を得られなければ、おかしいということであろう。

https://www.jpao.jp/10orthodontic-dentistry/1020thinking

https://www.jpao.jp/15news/1525trendwatch/vol23/vol23_1.html

 一部のアライナー矯正をしている一般歯科の先生は、アライナー矯正は革命的な治療法で、これまでの矯正歯科の牙城を崩すものなので、自分たちのテリトリーを侵すものだと矯正歯科専門医が強く反対しているという。これまでの矯正歯科の歴史を見ても、専門医ほどいいものは素早く利用する。バンドを巻かない、ダイレクトボンディング法は、開発して十年で世界中の矯正歯科医が利用するようになったし、最近では矯正用アンカースクリューを瞬く間に世界中に普及している。もちろん経営に敏感なアメリカの矯正歯科医は、早い時期からアライナー矯正を積極的に利用しているが、症例を制限しているようだし、治療が難しければ、すぐにワイヤー矯正に変えている。むしろ民間のスマイルダイレクトのような安価なアライナー矯正をする人が多い。

 日本の場合、まず一般歯科医で診断能力がないため、ワイヤー矯正がいいのか、アライナー矯正がいいのかの診断ができず。何でもアライナー矯正で治療する傾向がある。こうしたケースで失敗した場合、日本のすべての矯正歯科医、歯科大学の矯正科は、治療した歯科医の診断ミスを指摘するため、裁判になった場合、かなり歯科医側は苦しい。誰も味方につかないことは覚悟した方が良い。

 

4.     医療広告法違反

 医療広告法では、誘引や誇大広告を禁止し、商品名や未承認医薬品を広告することを禁止している。ただインターネットでは例外的に一定の要件を満たす場合は限定解除となる。日本矯正歯科学会では、その倫理委員会を中心に、ここ2、3年、認定医の更新に際して矯正歯科医のHPをチェックしてその内容を精査して、医療広告のガイドラインに抵触しているなら、修正を命じ、修正しない場合が、資格更新させないようにしている。そのため、矯正専門医のHPの多くはアライナー矯正について詳しく載せなくなった。一方、一般歯科のHPはますますアライナー矯正に関する広告を載せるようになり、ガイドラインに抵触していないというが、明らかに患者誘導、誇大広告であり、ガイドラインに抵触するものが多く散見される。こうした広告をみて患者が治療を開始し、失敗すれば、医療広告法にも抵触することになり、裁判ではマイナス要因となる。

 

5.  歯科医の臨床能力

 日本の裁判では、医師、歯科医の臨床能力についてあまり重視されていなかった。ただ昨今の、例えば群馬大学医学部、腹腔鏡手術死亡事故では、術者の杜撰な手術で多くの患者が死亡し、術者の臨床能力自体が問われている。そうした点では、これまで成人の矯正治療をほとんどしたことがない先生が、アライナー矯正に手を出し、うまくいかない場合、術者の臨床経験の未熟さを問うことはできる。一方、インビザライン社では購入者の症例数によりスーパー、ゴールド、プラチナなどの認定を行っているが、これは学会による認定医でもなく、一企業の勝手なランクづけであり、こうしたことをHPに載せるのは明らかに誇大広告となる。これも裁判の場合、載せてはいけない資格を載せ、患者に対する 誘引、誇大広告の医療広告法違反となり、歯科医に不利となる。

 

5.     成人患者の対応

 これまで一般歯科の先生は、子供の歯並びの治療をしていたが、成人の患者は専門医に紹介してきた。なぜなら子供の場合はあまり文句を言わないし、治療自体にあまり協力的でなく、なし崩し的に治療を中止するからである。ただ成人については、ネットなどでかなり勉強をし、例えば、2軒の矯正専門医で、小臼歯抜歯、ワイヤー矯正でないと治らないと言われ、3軒目の一般歯科医で非抜歯、インビザラインで治ると言われたとしよう。そして患者は3番目の先生を信じ、治療を開始したが、思うように口元が下がっていない.。ここで治ると言われたので治療を開始したのにとクレームが来るのは確実である。もしこの段階で私のところにセカンドオピニオンで相談にくれば、まず側方頭部X線写真を撮り、上顎切歯や下顎切歯の傾斜度と口唇の突出を計測し、標準値より極端に大きければ、前医の診断を否定する。さらにレントゲンも撮っていないとすれば、弁護士か消費者センターに相談するように言うだろう。私は患者側につく。またこれまで1000人以上の成人患者を治療してきた経験からいうが、ものすごく細かい患者が多く、口元の突出感などはごく普通で、非抜歯から小臼歯抜歯に治療法を変更したケースは数十例あるし、中には上顎切歯のトルク、上下第二小臼歯の舌側咬頭の咬合などを気にする人がいる。目にも見えないほど、0.1mm単位のズレを気にする人もいる。もちろんこうした問題であってもワイヤー矯正であれば、確実に直せるが、今のところインビザラインでもこうした問題は治すのは難しい。日本の大学病院で唯一、積極的なインビザラインの治療を早くからしている昭和大学矯正科では、こうしたクレームがあった場合は、ワイヤー矯正による治療を勧める。子供に比べて成人矯正については、患者からのクレームや場合によっては訴訟が相当多くなることは覚悟した方が良い。成人矯正治療は本当に神経を使う。臨床医にとって患者からのクレームが最もストレスになるのに、なぜストレスになるような成人矯正を、それもインビザライン による治療をするのか、わからない。

 

 こうしてみるとアライナー矯正治療に関しては、よほど注意して治療をしなければ、いざ訴訟となると患者に有利となる要因が多くあり、敗訴する可能性が高い。それゆえ、あるアライナー矯正の講習会では、患者から訴えられれば、すぐに示談し、インビザラインの技工料を引いた料金を返金するように指導している。実際にクレーム、トラブルがあっても、医療訴訟には弁護士費用も含めて100万円以上かかり、訴訟までする人はほとんどいない。それゆえ、こうした人については、さっさと示談して患者数を増やすのに専念した方が良いという考えである。まあこうした金儲け主義の歯科医は、患者のクレームには弁護士を雇って対処するような強心臓の先生なので、ストレスを感じたりもしない。ただ真面目な先生でも、経営コンサルタントの口車に載せられ、もしアライナー矯正を始めるのであれば、今回書いたようなリスクがあることを十分に肝に命じてほしい。またインビザライン治療で、なかなか治らない、口元が出ている、奥歯が咬んでいないなどの不満をお持ちの患者さんは、是非このブログをコピーして先生に質問してください。かなり嫌がられると思う。治療前にこのブログに書いているほど、きちんとアライナー矯正のリスクを説明する先生であれば、そもそも怖くてアライナー矯正などはしない。

 


0 件のコメント: